スティーブジョブズ、禅の師匠、宿無し弘文

今年読んだ本では一番の本だと思う。

まだ2月ですが、このレベルの本は1年に1冊出会えるかどうか。

著者は柳田由紀子。早稲田の文学部出身で新潮社で編集やって、スタンフォード大でジャーナリズムを学ぶ。現在はLAにアメリカ人の夫と暮らす。

著者と弘文の出会いは「ゼン・オブ・スティーブジョブズ」の翻訳です。そこで弘文を知り、以後7年かけて世界中を回り、30人の弘文関係者にインタビュをする。日本や海外の宗教関係者、家族、アップル関係者。

アップルは創成期メンバーのダニエルコトケとかビルフェルナンデスとかにもインタビュしています。人によって弘文の印象が180度も変わって、立体的に浮かび上がる。

馬の話とか。

最初の奥さんいわく、「弘文はいつもお金がなくて生活できないのに、再婚した時に馬買うとか絶対おかしい。私やったらそんなムダな出費させない」

他のインタビュ者が馬のこと語ってた。「信者の中にスタントマンがいて、弘文に馬を寄付したんだ。弘文は貧しくてトレーラーに住んでたけど、拒否せず馬を可愛がった」

一人の意見だけだと真実は見えない。

3冊の本を思い出しました。

2007年の直木賞作品「吉原手引草」。ある人物の消息を尋ねて、吉原内のいろんな立場の人に聞き込みをします。女衒やら太鼓持ちらが一人称でコミカルに語り、ある人物を回想します。それをつなげていくと最後に清清しい気分になる。

1997年村上春樹の傑作「アンダーグラウンド」。地下鉄サリン事件被害者60人のインタビュ本です。これも一人称の語り。

2012年全米ベストセラー。キャサリンブーのインド告発本「いつまでも美しく」。これぞジャーナリズムの傑作本。インドの非人道的な事件が、この本以降メディアで流れはじめた。

本書で一番こころに響いたのは「宗教と家庭の両立」です。これはお釈迦様でも無理だった。利他に生きるために、彼は王位と家族を捨てた。

今風の言葉で言い換えると「仕事と家庭の両立」でしょうか。

自分を犠牲にして困ってる人を助けると家族が犠牲になる。たとえばお金。弘文は困った人に財布ごと渡す。家族としてはやってられません。私たちはどうなるの。学校にも行けないボロボロの生活。

弘文は破戒僧です。結婚は2回、パートナーも含めると3人の女性と暮らします。最後の家族というか1995年生まれの美しい娘さんは、弘文を今でも恨んでいる。弘文のせいで自分は、家族はボロボロになった。

太陽はあまねく与えるけど、周りにいる人は灼熱だ。

弘文を恨む家族。弘文を聖者のように敬う信者。信者からすると弘文を取り込んだ女性たちは悪妻として語られている。ガルシアマルケス「百年の孤独」に出てくるような悪妻として。

こんなに聡明で、たぶん悟りも得ていて、多くのことを成した禅僧。そんな弘文は「アルコール依存症」でした。

「家族と仕事」の両立で、理由はわからないけど内臓をボロボロにするほど酒を飲んだ。その事実に、酒をやめられない僕は救われました。

日本の禅の歴史をかんたんに

・日本に禅が興ったのは鎌倉時代

・武士、庶民を問わず全国に広まった

・現在日本には、曹洞宗と臨済宗の二大宗派が存在する

・一休さんは臨済宗。良寛さんは曹洞宗

・日本には他に黄檗宗という中国明代の禅をそのまま踏襲した宗派もある

・禅は日本発祥ではない。釈迦の教えが6世紀前後にダルマさんによってインドから中国に伝えられ、中国で曹洞宗と臨済宗の二派に別れた後日本に伝わった

・曹洞宗の教えは「只管打座」といってただ坐ること。目的をもって座禅するのではなく、ただただ座り、日常に座禅と同じ価値を見出す

・対して臨済宗は「公案」を繰り返すを修行の旨とする(一休さんのソモサンセッパ)。公案とはダルマが伝えた仏教の神髄とは何かを、常識依然の宇宙の真理を通じて答えることで悟りに近づく方法

・臨済宗は幕府や貴族など権力者から信仰を得てそれらの文化を育んだ。曹洞宗は地方豪族や一般民衆に広がった。臨済宗には「京都五山」「鎌倉五山」などの寺格序列がある。「京都五山」「鎌倉五山」の上位に別格として位置するのは京都の南禅寺。後醍醐天皇の祖父である亀山天皇がつくり、足利義満が五山の上に位置づけ別格とした

アメリカの禅の歴史をかんたんに

・北米に最初に禅が紹介されたのは1893年のシカゴ万博

・万博で「万国宗教会議」が開催された。ここに臨済宗の釈宗演が出席

・釈宗演は出版社の編集であるポールケーラスと出会う

・その後、釈宗演の弟子である鈴木大拙はケーラスと繋がる

・鈴木大拙は1897年に渡米。10年後に「大乗仏教概論」を出版

・これが話題を呼んで、禅がアメリカの知識階級の知るところとなる

・大拙はNYを拠点にハーバード大学やコロンビア大学で講演活動を続けた

・臨済宗が今でも東海岸のエスタブリッシュメントに人気があるのは鈴木大拙の影響

・反対に西海岸は曹洞宗が圧倒している。曹洞宗がアメリカに出たのは1922年カリフォルニアから。LAに仮禅堂を開いたのが始まり

・1950年代の「西海岸の知性」に影響を与えたアランワッツ。カウンターカルチャーの教祖とも呼ばれた。イギリス生まれのワッツはサンフランシスコに移住。禅を含む東洋思想の研究を進め、1957年にベストセラー「ウェイオブ禅」を発表。

・物質文明に行きづまり精神世界を求めていたアメリカ人にとって禅は魅力的だった

・この頃曹洞宗からサンフランシスコの桑港寺に派遣されたのが鈴木隆俊。鈴木が弘文をアメリカに招いた。今では鈴木隆俊がアメリカに禅の種を蒔いたように語られるが、鈴木氏の渡米以前にワッツが肥沃な土壌を育てた

なぜスティーブジョブズは弘文を選んだのか?

1人目の奥さんであるハリエットは以下のように語る。

なぜスティーブが弘文を選んだのか?それは弘文が文化的背景も性格も行動パターンも彼と正反対だったから。磁石みたいに引き付けられた。もうひとつは弘文の常人にはない能力。かんたんにいうと超能力にスティーブは畏れを抱いたと、私は確信してる。

スティーブはカウンターカルチャーの申し子で、自己啓発のためにあらゆる方法を試した人物。スティーブは悟りや予知能力を手に入れたくてたまらなかった。そしてその能力が弘文にはあった。

たとえば?

車の事故や来客者なんかはいとも容易に予知した。これは弘文に生来備わった特別な能力で、スティーブにはこの能力はなかった。スティーブがLSDを好んだのは、幻覚の力を借りて高い意識レベルに到達したかったから。弘文は薬物の力を借りる必要がなかった。

ヒッピーの本質

ヒッピーは日本ではいい加減な不良のイメージかな?

ヒッピーの本質は、平和、互助、非物質主義。弘文がアメリカに来た頃、我々ヒッピーは、禅に精神世界を求めていた。けれども日本から来る僧侶はうんと年上だったり。その点弘文は年齢も近く、リベラルでちょっと風来坊。私を含めたヒッピーには理想的な師だった。

天然ボケで完璧からほど遠い人だったので、私たちも「ああ、こんな自分でも問題ないんだ」と思うことができた。

弘文は作法も教えてくれたけど、形式より心の所在を重視する僧侶だった。

弘文がスティーブについて語った唯一の法話

1993年欧州の山奥の禅寺で弟子が撮影したビデオ。

『20年ほど前でしたか、カリフォルニアのロスアルトスに住んでいた頃のこと。真夜中にその子が、私たち夫婦の自宅を訪ねて来たんです。裸足で長髪、ヒゲはぼうぼう。ジーパンは穴だらけ。妻は「あなたの弟子はおかしな人ばかり」とカンカンに怒って、家の中に入れようとしなかった。

けれども私には真剣さが伝わったので、夜中に2人して街まで出かけました。1軒だけ開いていたバーに入りカウンターに腰かけると、誰もが我々をじろじろ見てね。だってね彼の服装はひどかったんですよ。

「悟りを得た」と彼が言ったので私は「証拠を見せてくれ」。すると彼は困ったように口ごもって「まだ見せられない」

そんなことでその夜はお開きになったのですが、1週間後かれがまた裸足でやってきて「これが悟りの証拠だ」と。

そうですね、横幅40センチ、縦幅20センチぐらいの金属板を差し出したのです。私はそこにチョコが並んでるのかと思ったのですが、パーソナルコンピュータのチップって呼ぶんですか、あれは。今思えば、あの金属の板が、アップルコンピュータの始まりだったんですね。

彼はしばしば私に「僧侶にしてくれ」と頼むのですが、ダメだと答えてます。なぜって彼自身も認めているように、とても悪い修行者ですから。摂心(散乱する心を一つに摂むること)をしないんですよ。聡明すぎるのでしょうか。1時間以上の座禅ができないんです。

しかし何よりうれしいのは、彼の娘リサが、私のことをゴッドファーザーと思ってくれていることです。リサは私が訪ねるといつも駆け寄ってきて日本語で話しかけてくれるんですよ。

デザインは大別すると3つに分けられる

デザインは大別すると3つに分けられる。工芸のクラフトデザイン。二次元のグラフィックデザイン。工業製品としてのインダストリアルデザイン。3つの中ではクラフトからインダストリアルに移行するにしたがって消費者の数が増えるので、失敗した場合の痛手が大きくなる。

それを避けるためには、必要なものだけを残しムダな部分を削ぎ落していくしかない。スティーブはこれを守りきったからアップル製品は美しい。引き算は足し算よりずっと困難で、完徹するには強い意思や信念が必要。

弘文の語る人助けとは

弘文ほど親切な人は、この世にいませんよ。たとえば弘文は物乞いされると財布ごと渡してしまうというふうでした。本人はいつもお金に困ってましたが。

人は誰でも「利他」、つまり他人の役に立ちたいという願いがある。弘文の場合はこれが徹底していて、自分のことより何よりまず利他が優先される。現代の菩薩様。

一度弘文に「人助けは、どうするのがベストだろう?」と尋ねたことがあります。すると彼は「笑わせてあげることだよ」

水曜日のカンパネラ『一休さん』

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