アルカイダ、タリバンとは何か?「続まんがパレスチナ問題」より

すごくよかった。最近のわかりにくい中東問題が、すんなりと頭に入ります。2005年の「まんが パレスチナ問題」の続編です。

前作は、旧約聖書から2004年アラファト議長の死までの歴史を俯瞰できる一冊。今回はイスラエルのガザ地区、アフガニスタン戦争、イラク戦争、アラブの春(チュニジア、エジプト、リビア、シリア)、イスラム国について解説してます。索引付きで全153p、さらっと読める。

アルカイダとは何か

アフガニスタンとソ連の戦い(1978~89)で、米CIAがアフガンゲリラやイスラム諸国から来た義勇兵に武器を与え、訓練もほどこした。そのとき訓練されたゲリラをオサマビンラディンが集めて、反米組織「アルカイダ」を作った。

タリバンとは何か

アフガンゲリラはソ連を追い出すことに成功した。共通の敵ソ連がいなくなると、アメリカは手を引き、アフガンゲリラはそれぞれの民族に別れ、内戦を引き起こした。内戦は長引き、アフガニスタンは無法地帯になってしまった。

そのとき神学校(マドラサ)で学んだタリバン(神学生)が立ち上がり、アフガニスタンをほぼ平定した。なぜコーランを学んでいる神学生(タリバン)が戦争できたのか?隣接するパキスタン軍と諜報部がタリバンを訓練し、実戦では加勢したから。

パキスタンはインドと激しく対立している。それで背後のアフガニスタンには友好的な政府を作っておきたかったから。



イスラム法(シャリーア)とは

コーランやモハメッドの行いを規範にした法。その施行や厳しさは国や民族によって違う。タリバンは神学生だから冷酷にイスラム法を施行した。

盗みをしたら手首を切断。犯罪者はむち打ち、斬首、石打ちによる公開処刑。女性は働いても教育を受けてもいけない。外に出るときはブルカをかぶる。男はヒゲを伸ばす。テレビ、ビデオ、音楽、歌、酒は禁止。女性が教育を受ける権利を訴えノーベル平和賞をもらったパキスタンの少女、マララさんを銃撃したのもタリバン。

スンニ派とシーア派の対立

イスラム教2大宗派のスンニ派とシーア派は対立している。イスラム教では預言者モハメッドの死後、あとを継いでイスラム教徒を導く人を「カリフ」と呼んだ。7世紀、その4代目カリフに血縁を重視してモハメッドの従兄弟のアリがいいという「シーア派」と、血縁に関係なく皆から優秀な人を選ぶほうがいいという「スンニ派」に分かれて争った。

世界で約16億人のイスラム教徒のうち、80%以上はスンニ派。10%がシーア派。スンニ派の中心国はサウジアラビアで、シーア派の中心国はイラン。

サウジアラビア人のビンラディンはスンニ派で、彼が作ったアルカイダもスンニ派。イラクの場合フセイン政府は少数派のスンニ派だったにもかかわらず、多数派のシーア派を力で押さえていたので、宗教対立はおこらなかった。だがフセインがアメリカに倒されると、宗教対立が激しくなり内乱状態になった。同じイラク人なのに宗派が違うだけで殺しあう。

ガザ地区のパレスチナ人

2005年イスラエルのシャロン首相は、ガザの入植地からイスラエル入植者を撤退させ、パレスチナ自治政府に返還する。2006年パレスチナの選挙があり、イスラエルに対する武力闘争を主張する過激派政党「ハマス」が圧勝する。ハマスはガザを支配し、イスラエルとの武力衝突を繰り返す。

ガザ地区は幅約10km、長さ訳50kmの帯状の土地で、完全に分離壁に囲われた中で、150万人のパレスチナ人が暮らしている。

2007年ガザ地区ではハマスとファタハがパレスチナ人同士で内戦を始めた。ファタハはPLOのアラファトが作った組織で、ずっとパレスチナ政府の中心組織だった。ファタハ幹部は世界からの援助を私物化していた。そのくせイスラエルには弱腰で、分離壁の建設も入植地拡大も止められなかった。

ファタハの腐敗と無力さにパレスチナ人は嫌気がさしていた。内戦はハマスが勝って、パレスチナ自治政府はハマスが支配するガザと、ファタハが支配するヨルダン川西岸に分裂した。

イスラエルとアメリカはハマスとファタハが一緒になって武力闘争を仕向けてくるのが一番嫌だった。そこでハマスの拠点ガザを経済封鎖する一方で、ファタハには資金や武器を援助して、反目して戦うように仕向けた。パレスチナ人はその手にまんまとのってしまった。

なぜ若者は自爆テロ要員になるのか

(ガザ地区の若者)
「ぼくは大学で工学を学んでいます。でもここで勉強しても何にもなりません。仕事も未来もないですから。ここでは毎日のように人が殺されます。子供でも老人でも容赦なく殺されます。テロの報復だと言ってイスラエル軍は、ジェット戦闘機やヘリコプターからミサイルを発射し、戦車も砲弾をぶっ放します。

家を壊しオリーブの木を引っこ抜き、水路を壊し、畑をメチャクチャにし、とても正気の沙汰とは思えません。ユダヤ人に対する憎しみで、血は煮えたぎります。心を鎮めようとモスクへ行くと、そこには過激派のメンバーがいて、こう話しかけてきます」

「この世は仮だ。天国に召されてはじめて本当の生に出会える。自爆テロを行って殉教者になれ。そうすればお前は天国に召されて、永遠の生が約束され、アラーにお目通りも許される。72人の処女もお前を暖かく迎えてくれるのだ。家族のことは心配するな。1万ドルの一時金が出るし、毎月の生活費もわれわれが面倒を見る」

このように説得され、自爆テロを志願する若者が後を絶ちません。



ヒズボラとは何か

1979年のイランイスラム革命の後、イランがイスラム革命を輸出するために、シーア派革命戦士をレバノンに送ったのが始まり。究極的にはイスラエルを抹殺するのが目的。以後、イランはヒズボラを支援し続け、ヒズボラ民兵は戦時は2万人以上動員可能で、レバノン国軍より強大になった。

2006年海岸でピクニックを楽しんでいたパレスチナ人一家8人が、イスラエルのミサイルで10歳の少女1人を残して死亡。

家族全員を一瞬で失った少女が海岸で泣き叫ぶ姿がテレビで流れると、パレスチナ中が怒り狂い、復讐を誓った。

ハマスはガザ返還以来やめていたイスラエルへのロケット攻撃を再開。ハマスの戦いを援護する形でレバノンの過激派ヒズボラもイスラエルをロケット弾で攻撃。ヒズボラの強力なイラン製ロケット弾は、レバノン南部から撃たれると、北イスラエルの大都市ハイファまで届いてしまう。イスラエルはどうしてもレバノン南部を制圧しないといけない。

1か月の空爆と地上戦で、レバノン側1700人(3分の2は民間人)、イスラエル側150人(3分の1は民間人)の死者を出した。7000発の爆弾、250回の艦砲射撃、100万個のクラスター爆弾。ヒズボラの無力化は果たせなかった。

シリア情勢

欧州難民の主要供給源シリア。なぜ内戦は続くのか。アラブの春はチュニジア、エジプト、リビアと独裁政権を倒していった。次はシリアとイエメン。

シリアは人口2240万人、面積は日本の半分。中東の要所にあり、トルコ、イラク、ヨルダン、レバノン、イスラエルに囲まれた国。民族はアラブ人が90%。

スンニ派が70%だが、アサド大統領はアラウィ派(シーア派系)。たった12%のアラウィ派が力で多数派を押さえ、政権を握っている。他の独裁政権同様に警察国家。秘密警察がウヨウヨいる。

欧米の植民地支配は、少数派や迫害されていたものを支配層につける。

2011年子供たちが学校の壁に落書きをした。「自由を!」「腐敗したアサドを倒せ!」
15人の少年が捕まって拷問を受けた。そのうちの1人は殺された。その家族が中心になってデモをした。それがシリア革命の始まり。映像はネットで流されデモは全国へ広がった。

アサド大統領は、2011年7月ハマでおこったデモに戦車隊を投入。デモ隊を一気に100人以上虐殺した。秘密警察や軍隊の上官はアラウィ派で固めてあるから、スンニ派の市民に対して情け容赦がない。

シリアでは石油が出ないので、介入しても経済的利益は見込めない。そのため国際社会は積極的には介入しなかった。

またシリアには報道管制が敷かれていて、外国人ジャーナリストは自由に入れない。正確な数字はわからないが、2014年までに20万人以上の死者が出ている模様。

上官に丸腰のデモ隊を撃てと命令され、逃げ出しデモ隊側についた「自由シリア軍」。イラクのアルカイダ(スンニ派)も混乱に乗じて入り込んできた。暴力的な局面になっている。

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