「ニーチェもやっていた賢人の瞑想術」まとめ

これまで人生で読んできた本の中で、「悟り」について、もっともわかりやすかった本。

以下は「悟りについてのQ&A」から一部抜粋要約。

—悟った人はずっとその境地にとどまるのか?
・いいえ、そんなことはない。悟りを体験してもすぐに現実に戻ってくる。

—悟りはどのくらいの時間か?
・人によってことなる。一瞬だったという人がおおむね。長い人でもたぶん30秒ぐらい。

—古代の禅僧でもそんなに短いのか?
・記録を見る限りはそういう感じ。時間についての記載はないが、状況から推測すると一瞬という場合が多い。

—悟ったらどうなるのか?天国みたいなところへ行くのか?
・どこかへ行くわけではない。風景が一変するわけではない。ただ身の回りのすべてが輝く。

—何がどう変わるのか?
・世界の意味が変わる。何の変哲もなかったものの意味が、急にはっきりと、しかも重要で欠かせないものだとわかる。世界のすべてがこの自分であったことを明かされるという感じのわかり方。

—世界が自分とは不思議ですね。
・10世紀の中国に雪峰という禅師がいたが、この人も「世界とはあなた自身のことだ」といってる。他の悟った人もだいたい同じことを言ってる。文豪ゲーテも世界が1つのものの変化にすぎないということを体験し、このことをパラバーゼと題した詩にしている。



—悟りとは一種の変性意識状態ではないのか。あるいは気の迷い?
・人は何かのきっかけで変性意識状態になる。脳が衝撃を受けたり、呼吸を速くしたり。ドラッグを使えばもっと簡単に変性意識状態になる。ドラッグと悟りの瞬間は違う。ドラッグは短くても10分以上は続く。悟りはほんの一瞬。しかしその短い体験が人生に決定的なものを与えてくれる。

—世界が自分自身。まるでそれは夢のようなものではありませんか?
世界=自分ではない。わかりやすい言葉にするのは困難だけど。たとえば世界の中にあるひとつのものが、雲の端に浮かんでる水蒸気の一粒がその時の自分だという強い確信に満たされる。悟りを体験すると、なぜか自分が、雲の中の水蒸気だったり、鳥であったり、大きく枝を伸ばしてる樹だったりする。

—人間は死なないという教えがもたらされるのか?
・人間だけではなく、すべての存在が死なない。死は変化の最後の段階であり、次の段階にいたる変化の最後の姿。すべてはいつまでも存在していて、それは変化にみえる。

—悟った人の条件というか標準はあるのか?
・ない。定量化されない。しかし悟った人は、他の悟った人を見分けることができる。態度や言動でおおよそわかる。とくにその人が書いた文章や言葉をてがかりにすると、明確にわかる。

—歴史上の有名な人物で、悟りを体験してる意外な人は?
・モネ(1840~1926)は深い瞑想を体験していたと思われる。有名な「睡蓮」や「ルーアン大聖堂」という作品を見ればわかる。悟りの体験のときに目に入ってくる世界のきらめきとそっくり。

—悟りを体験した人の共通の認識は?
・いくつかあるが特徴的なのは、自分と世界の間に境い目がなくなったという感覚。これが悟った人の最大の認識。自分と他人の間にも境い目がない。ただ行いが異なっている。境い目がまったくなくなるのは、悟りを体験したそのときだけのこと。すぐに現実の感覚に戻ってくる。

・悟った瞬間。本人がかなり驚く。しかしそれがすぐに喜びになる。悟ったときに思わず笑いだしてしまう人もいる。世界とはこうだったのか。素晴らしいじゃないか。とうれしさが破裂してしまう。世界と自分が同じ。自分が世界を構成してるのがわかる。

ニーチェ。森の中の散策が瞑想になる

ニーチェ(1844~1900)は26才からスイスのバーゼル大学で古典文献学の正教授をしていたが、体調がすぐれないので35才で退職。その後の10年間、冬はイタリアかフランス、夏はスイスの保養地に数か月ずつ住み、執筆と思索を続けた。費用は年金の3000スイスフランだった。宿は半年から数か月の契約で住む貸し部屋の一室だった。

昼は近くの食堂かホテルのランチをとった。それから散歩をし、友人からの手紙はその地の郵便局留めで受け取り、世の中の情報は図書館の新聞、雑誌などから得た。

体の不調(頭痛や嘔吐など)がひどくて耐え難いときは部屋でアヘンなどを使ってごまかしベッドに寝そべるしかなかった。ニーチェの身体にとっての良い日とは、明るく、穏やかで、気圧の高い日のことだった。

病身のニーチェ。その病名はわかっていない。後代の医師は、梅毒か進行性の脳麻痺ではなかったかと想像している。

ニーチェ自身は、その地の気候が自分の身体に影響を及ぼしていると思い込んでいた。

ニーチェの散歩とは、近辺をぶらぶら小一時間ほどゆっくり歩くのではない。標高1800メートルほどの地にある美しい湖畔にそう森の中の道を、毎日のようにニーチェは独りで歩いた。だいたい8時間から10時間。

森林

さまざまな滞在先でニーチェはいつも長い散歩をするようにしていた。というのも彼にとって散策こそ現実的な救いになっていたからである。

「日に8時間も、たった1人で自然の中に身を置いていると、深い沈潜の15分がいくたびか訪れてくる。そのときにこそ、自分の内側のもっとも深い泉から湧き出てくる活性ドリンクを飲むことができる」

この特別な15分は瞑想の深部へ降りていくことだ。ニーチェにとって散歩とは「自然の中での瞑想」だったのである。

ニーチェは15分について「自然の輪郭の消失と、周囲の自然との溶けあい」という。「わたしは散歩をしながら泣いてしまったのです。それは狂気の涙なのです」「わたしはわたし自身をはるかに超えてしまいました」

後世の医師は、ヤスパースを含めて多幸症などの精神疾患の現れだろうと推測している。医師の見方の範囲は症例のみ。瞑想の体験がないから。

瞑想は座った状態でなくともできる。散歩という動きがともなう場合でも瞑想状態になることは可能だ。

禅僧の作務はひとつの禅定(無思考の瞑想)になるのだし、同じように独りきりの散策でも容易に瞑想状態になる。

瞑想とは「何もしないこと」

現代の話ではなくニーチェのメモ。「現代は生活の速度が恐ろしく増している。考えるための時間も静寂さも失われている。だから瞑想的生活がだんだんとなくなってきている。瞑想的生活に必要なこと。ひまな時間があること。とりたてて何もしないことは、高貴なものなのだ」

ニーチェの生活においては瞑想が重要な中心点を占めていたということを知っていて欲しい。



鈴木大拙(1870~1966)が禅を世界に広めた

鈴木大拙は生涯の半分を外国での禅や悟りの紹介に費やした。彼がそういう人生を送っていなければ、禅(Zen)は世界に広がってはいなかったろう。

だからといって禅や悟りが世界に広く理解されたというわけではない。ただ外国人にとって魅惑的に思われたことは確かだった。

おおかたの日本人や外国人は禅を少しも知らないばかりか、禅は抹香臭くて難解なものだとのイメージを持っている。

鈴木大拙はこういう姿勢を1つの言葉で打破した。

禅とは「生き方の洗練」だという表現である。

Zen

常識、学校で得た知識、ほぼすべての価値観は人間の苦しみの種である。人間関係、法律、道徳、人がこの世で生きていくために便利に使っているもののほとんどは汚れである。

これらの汚れをごっそりとこそげ落とすのが禅の第一歩である。

最初は座禅という形の瞑想だが、これはもっともハードルの低い自己洗練の一方法である。つまり考えないこと。世間的な考え方と想像から離れることが目的となっている。だから座禅の形をしていても、頭の中でいろんなことを思い浮かべているなら、たんに休みながら夢想しつつ眠りかけてるのと同じ状態になってしまう。

瞑想より高度な修行の1つに「公案」というものがある。分別のある人からすればとんでもなく奇妙な「1つの問い」の形になっている。修行者は「公案」の答えを、時間をかけて考える。第三者から見ればバカげた時間つぶしに見える。

しかし公案の答えを考えるうちに自分がこれまで持っていた世間的な常識や価値観が揺らぎに揺らぐ。そしてひび割れ剥がれ落ちる。そういうふうに世間の汚れが落ちるから、公案を考え続けること、これもまた自分を洗練させる作業なのである。

要するに禅は人を束縛や心理的軋轢から解放することである。それはその人にとって救いとなる。

ふだん通りに行動していても悟りは得られる。鈴木大拙は東京帝国大学中退をした翌年26才のとき、悟りに達した。手紙にはこう書かれている。

「鎌倉の寺でいつも通り座禅を終え、禅堂から下り、月明かりが射す木立の中を過ぎて宿舎に帰るために山門の近くを下っているとき、突然に自分を忘れてしまった。月の明かりで木の影がくっきりと地面に映っているさまはまさしく一幅の絵のようであったが、自分もまたその絵の中にいるのだった。自分と木々の間にはなんの区別もなく、木が自分なのか、自分が木なのか、わからなかった。やがて宿舎に帰ったが、胸はすっきりして淡い喜びに充ちていた。この時には安心があった」

古代中国の禅僧の多くは、日常の作業や用事などで動いているときに悟っている。たとえば9世紀の中国に生きた香厳智閑という禅僧は箒で道を掃いていた時に悟りを得た。その時の体験を香厳智閑はこう書き残している。

「知る側、知られる側の境目がなくなり、いっさいが1つになってしまった」



観照と瞑想の違い

国内外の有名な哲学者や思想家たちは、ある共通の体験をしていた。それは「観照」「瞑想」「超越(悟り)」の3つ。

瞑想とは何も考えないことだ。そこにはそれ以上の深い意味などはない。たんに何も考えないこと。何かを目にしたとしても、そこに意味をもたせようとしないことだ。

瞑想ではなく、観照という言葉が使われる場合もある。観照は頭を働かせずに何かを観ることだ。瞑想は何かを観なくても瞑想となるが、観照という言葉は何かを観ていて頭を働かせない場合に使われている。一方、観察というのは頭を働かせて何かをみることだ。だから観察には意図や主観が含まれている。

観照は瞑想となだらかに続いていて、その境い目をはっきりさせることはできない。実際に観照や瞑想がなされているなら、本人は意識することはできない。それは当たり前のことで、外の雑多な事柄や自分の内側にあるいろんな懸念や感情などに向ける意識そのものをごっそり捨てた状態だからこそ、観照や瞑想の状態が可能になっているのだ。

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