【三島由紀夫の名言12選】三島由紀夫の言葉より

いさぎよい一冊。はじめに以外は、ほぼ「三島由紀夫の言葉」の抜き書きのみ。解説が無いぶん、三島由紀夫の言葉をじっくり味わえます。

わずか45年の生涯で膨大な作品を残した三島由紀夫。三島の名言309選を以下に分類して、本書は掲載しています。

I 男女の掟
II 世間の掟
III 人間の性
IV 芸術の罠
V 国家の罠

「文脈を離れた文は意味の確定が難しく、そこに意味を見出そうとすると、その文が最もよく使われる文脈で考えるしかない」 byスタンリー・フィッシュ

著者は、読者個人の文脈に当てはめて読まれることを期待すると。そして意味だけでなく、言葉の選び方や運び方をも味わってくださいと。

以下に本書から、気にいった12の言葉を。今回は「てにをは、句読点位置」も原文ままとしてます。




相手の幻想を破ることが、恋愛において誠実であるかどうかは、非常に疑問なのであります。ですから、真心を求め合うということは決して自分勝手な真心を相手から求めることであってはならない。恋愛は子供のすることではなく、おとなのすることですから、そこでは人間同士のうそが、一番美しい目的のために奉仕していく。うそというものが、恋愛では一番誠実な意味を持ってくるのではないかと私は思っています。

男性の場合における恋愛のエチケットは、たとえ相手を自分が捨てた場合でも、自分が捨てられたような振りをすることであります。つまり、世間的な体面において、相手を勝利者のように見せてやることです。自分がしょっちゅう振られたと言って歩く男は、実はいつも恋愛の成功者である場合が多い。そして、あの女を振ってやったと言って歩いてる男は、実は捨てられてばかりいる男である場合が多いのであります。非常に自身のある人間は、相手を捨てたことなどを、自慢にはいたしません。

私自身の経験に即して言うのですが、性や愛に関する事柄は、結局百万巻の書物によるよりも、一人の人間から学ぶことが多いのです。われわれの異性に関する知識は異性のことを書いたたくさんの書物や映画よりも、たった一人の異性から学ぶことが多いのです。ことに青年にとって、異性を学ぶということは、人生を学ぶということと同じことを意味しております。

女が人に尻尾をつかませないのが巧いのも、弱者の自己防衛の本能が研ぎすまされた結果というべく、又、愛される立場にある者の弱さからともいえます。愛する者は手ぶらで愛せるが、愛される者は、永久に愛されたいと思うかぎり、永久に多少の神秘を保存しなければならない。すなわち、尻尾を保存しなければならないのです。人はわかりきったものを愛することはできません。

恋愛にとって、最強で最後の武器は「若さ」だと昔から決まっています。ともすると、恋愛というものは「若さ」と「バカさ」をあわせもった年齢の特技で、「若さ」も「バカさ」も失った時に、恋愛の資格を失うのかもしれませんわ。




若いうちはね、城所さん、自分のために女を蹂躙できます。三十をすぎると、そうそう自分ばかりにかまけてもいられず、女の身になって考えてやる気にもなるんです。本当の残酷さはそれからはじまるのですよ。青年というものは決して残酷になどなることはできません。

低きに流れる水と反対の性質を持つ愛は、これ(エロスの性質)によると、たえず高きに流れるらしい。しかし、人間にはそんなに高低はないから、相手を自分より無限に高いものとして憧れる気持ちは、半ばこちらの独り合点である場合が多い。それがわかって幻滅を感じても、自分の中の、高いもの美しいもの、美しいものへ憧れた気持ちは残る。ギリシアの哲人は、こういう愛の本質をよく知っていたのである。

そもそも契約書がいらないような社会は天国なのである。契約書は人を疑い、人間を悪人と規定するところから生まれてくる。そして相手の人間に考えられるところのあらゆる悪の可能性を初めから約束によって封じて、しかしその約束の範囲内ならば、どんな悪いことも許されるというのは、契約や法律の本旨である。

現在の私は次のように考えている。肉体的健康の透明な意識こそ、制作に必要なものであって、それがなければ、小説家は人間性の暗い深淵に下りてゆく勇気を持てないだろうと。小説家は人間の心の井戸掘り人足のようなものである。井戸から上って来たときには、日光を浴びなければならぬ。体を動かし、思いきり新鮮な空気を呼吸しなければならぬ。

私に言わせれば、健康はもとより大切だが、健康に見えるということはもっと大切だから、そうするのである。これは私のみの倫理ではなく、あの「葉隠」の根本倫理である。

少年期の特徴は残酷さです。どんなにセンチメンタルにみえる少年にも、植物的な残酷さがそなわっている。少女も残酷です。やさしさというものは、大人のずるさと一緒にしか成長しないものです。

どんなに醜悪であろうと、自分の真実の姿を告白して、それによって真実の姿をみとめてもらい、あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは、甘い考えで、人生をなめてかかった考えです。

やさしく愛して♪
ずっと愛して♪

プレスリーの15年10月に発売された新譜から、新録音のラブ・ミー・テンダー♪

PC用関連コンテンツ

シェアする