東谷暁の420pにわたる力作。近代(現代)経済学の天才学者列伝。これは面白いです。近経の14人の経済学者の人生と理論がスケッチされています。やっぱり生い立ちがわかると、なぜ彼らがその理論に執着したかが、なんとなく透けて見えます。
マクロ経済本なんかを読むと、権威として引用されてるスター学者。だけど彼らの人生を追ってみるとそれは権威でもなんでもない。虎の威を借る狐センセたちに惑わされないためにも、一度読まれることをお薦めします。理論の方はちょっと難しいですが。
この本を読んどけば、スター学者の論文を読んだセンセよりも、かえって理解が深いかもしれません。ああいう論文は読む人を選ぶので、普通の僕らにはこのほうがいい。この本で取り上げられてるのは、以下の14人。
目次
近代経済学を代表する14人
・ジョン M ケインズ 1883-1946
世界の経済学を一変させた1936年刊の「雇用利子および貨幣の一般理論」で知られる。父親も経済学者。ケンブリッジ卒業後は、インド省、財務省などに勤務し、第二次大戦中は英国戦時経済を主導し、世界経済におけるブレトンウッズに寄与した。斜陽国であったイギリスを代表して、アメリカと激しく交渉し、敗北した。
(米国のケインズ主義者たち)
・ポール A サミュエルソン 1915-2009
大学院時代にケインズ経済学に出会い、アメリカを代表するケインズ経済学者となるが、彼の経済学の根底にあったのは新古典派の経済学だった。やがてインフレと不況の同時進行と、シカゴ学派の台頭によって、主導的地位を奪われることになる。1970年にノーベル経済学賞を受賞。
・ジョン K ガルブレイス 1908-2006
学生時代にケインズ経済学を学び、経済誌のライターも体験したガルブレイスは、流麗な文体でアメリカ社会を批判し、政府の経済政策を攻撃した。教え子のケネディ政権にも参画したが、技術エリート政府が経済を支配する、新社会主義を唱えるにいたる。
・ハイマン P ミンスキー 1919-1996
ケインズ経済学と新古典派の結合が進むなか、ミンスキーはケインズ経済学の核心である金融の不安定性を繰り返し指摘し続けた。彼は政策を提言するよりは資本主義の脆弱性を強調したが、その主張は最後まで傍流にとどまっていた。今回の金融危機が起こって以来、金融が経済を不安定にするという「ミンスキーモーメント」は、あたかも合言葉のように経済学者や金融関係者によって語られた。
(マネタリストと新古典派の隆盛)
・ミルトン フリードマン 1912-2006
ケインズ政策の欠陥を鋭く衝いた論文を次々に発表し、70年代にはサミュエルゾンに代わってアメリカ経済学の中心的人物となった。ハンガリーからのユダヤ系移民の子として生まれる。数学的才能に恵まれるが貧しく、奨学金を獲得し、アルバイトに明け暮れて学歴を重ねた。妻や友人が証言するように、苦学の中でも常に陽気で、人生に積極的だったフリードマンの自助独立の精神と自由主義への信望は、こうした人生と深く結びついている。1976年にノーベル経済学賞受賞。
・ゲイリー S ベッカー 1930-
数学化された経済学を用いて、ありとあらゆる社会現象を「解明」したのがベッカーだった。差別問題、結婚、麻薬、自殺、すべてが経済学の対象とされ、その貪欲さは「経済学帝国主義」と呼ばれた。1992年にノーベル経済学賞受賞。
・リチャード A ポズナー 1939-
「正義とは、結局お金で測った富の最大化だといえる」 法学者。市場を介在すれば最も効率のよい資源配分が可能だ。この思想の延長線上に「正義はお金で測った富の最大化」であるとするポズナーの法学が成立した。リーマンショックで完全に思想を変える。
・ロバート E ルーカス 1937-
人々が予期している経済政策は、まったく効果がないと指摘して、アメリカの経済学に革命を起した。シカゴ大学で数学を専攻したものの、興味を失って歴史学へ転向、経済史に取り組むうちに経済学に興味をもち、ミルトンフリードマンに師事した。1995年にノーベル経済学賞を受賞。
(オーストリアハンガリー帝国に生を受けた人物たち)
・フリードリヒ フォン ハイエク 1899-1992
新自由主義の源流と誤解されることが多いハイエクは、至上主義に見られる合理性への惑溺を、誰よりも強く批判した思想家だった。ヨーロッパ諸国で進行する計画経済が、社会主義やファシズム同様、西洋文明の根源である自由を奪うものだと批判した。ケインズとも激しい論争を繰り返した。ケインズより16歳年下で、彼との思い出話を語るハイエクは、いつも楽しそうだったらしい。1974年ノーベル経済学賞を受賞。
・カール ポランニー 1886-1964
経済人類学の祖とされ、欧州経済史を大胆に論じ、ファシズムをヨーロッパ社会が市場経済の拘束から脱却する兆候として論じた「大転換」は、いまも市場主義批判の基本的文献として読まれている。
・ピーター F ドラッカー 1909-2005
経営学というよりも経営哲学者。著作はアメリカの2.5倍以上日本で売れている(人口比)と生前語っている。今のアメリカでは、ほとんど引用もされず、名前も出てこない人。ピーターは嘘つきと親戚から告発されている。その他にも彼の著作にはウソが多い。あまりにも創造力が高いと、自分の記憶が都合よく書き変えられてしまい、そう思い込んでしまうのだろうか。詳しくは本書で。
(ニューケイジアン)
・ポール R クルーグマン 1953-
リーマンショック後の講演で、「経済学はよくて無力、悪くて加害者」と毒づいた。しかしその経済学で次々と手品のように処方箋を書いて、世界中に政策提言してきたのがクルーグマンだった。ニューヨークタイムズのコラムニスト、有力ブロガーとして世界中にメッセージを発信し続けている。2008年にノーベル経済学賞受賞。歯切れのよい洒落た文体で書くエッセイは辛辣だが、多くのファンを引きつけている。新しい経済現象について鋭く論評し、経済政策をつぎつぎ提案するが、しばしば前言を翻すクセがある。
・ロバート J シラー 1946-
「S&Pケース・シラー住宅価格指数」を開発した。ITバブル、住宅バブルの崩壊を予告し、「裁きの日の経済学者」として称賛された。
・ジョセフ E スティグリッツ 1943-
元世界銀行チーフエコノミスト。2002年に「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」を書いて、アメリカが進める世界経済政策を批判。クリントン政権では大統領経済諮問委員長を務めたが、米財務省やIMFと対立し、オバマ政権には加わってない。2001年にノーベル経済学賞を受賞。世界通貨「バンコール」を主張する。
その他の読書メモを。
同性愛者ケインズ
ケインズは同性愛者だった。(ロシアのバレリーナ、リディアと結婚したので正確にはバイセクシャル)バイセクシャルとであることと、高度の創造力との関係を説明するのは何だろうか。それは同性愛者が、従来の異性愛者の社会におけるアウトサイダーな存在であるがゆえに、常に正常とは何かということを考えさせられ、二重性をもった感受性と創造力を研ぎすますという点にある。
レーガノミクスとは
レーガンは、減税を行なって経済を刺激するいっぽう、社会保障費の削減は先送りにし、さらに、対ソ連戦略として「スターウォーズ」と言われた大規模な軍備拡張政策SDIを採用したので、実質的にレーガノミクスとは、戦時ケインズ政策に他ならなかった。
ファシズム
資本主義によって疎外され、社会主義に失望した大衆は、この二つの主義が基盤としていた「経済人」を攻撃するファシズムに引きつけられた。深刻で大きな幻滅がそこにはあった。だからこそファシズムは強いのだ。しかしファシズムは資本主義と社会主義に対する攻撃だけしかない。
クルーグマンの本質
ライターとしてのクルーグマンに特徴的なのは、その時々の問題にスポットライトをあてて、それを他人の研究を用いて鮮やかに説明してみせる俊敏さである。と同時に、論じたことが的外れであっても、あっさりと撤回して深追いしないという軽快な身のこなしをもっていることだろう。
シラーの父の名言
私の父ベンジャミンシラーは、常々、権威者や有名人のいうことを信じてはいけないと教えてくれました。社会は、彼らを誤ってスーパーマンのように思いがちなんだ。というわけです。これはいいアドバイスでした。
ハイエクのフリードマン批判
フリードマンの実証経済学とは、関連する事実のすべてについて、われわれに完全な知恵があるという前提に基づいて、政策を決定できるとする思想。ハイエクは1982年に批判しなかったことを後悔していると。
アメリカの経済学はまさに「完全に知恵があるという前提に基づいて」、自らを科学者としてとらえ、世界をグローバリズムと金融工学で覆い尽くそうとした。それはソ連が妄想した社会主義帝国とは、まったく対局にあると思われていたが、実は思想の根本において「同じものに」他ならなかったのである。
ケインズとハイエクの論争
ケインズからハイエクへの手紙。「問題はどこに線を引くか知ることでしょう。どこかに線を引く必要があることはあなたも認めている。そしてそれを論理的に突き詰めることは不可能です。しかしあなたはどこに線を引くかについては、何ら方向性を与えてくれないのです」自由と計画はどこまで折り合えるのか。それをハイエクは示そうとしていないとケインズは問いかけている。
どこに線を引くか知れ♪
Draw The Line♪ by Aerosmith
LP持ってたのでエアロスミスのアルバムでは一番よく聞きました。80年代以降のアルバムは一枚も聞いてないけど。