著者はジム・ステンゲル。2011年にはフォーチューン誌の「ドリーム・マネジメント・チーム」に、最高マーケティング責任者として選出されています。55年生まれの58歳。
ジムはP&Gに25年在籍し、パンパースやマックスファクターなどのブランドを再生させ、2001~2008年まで世界のマーケティング部門のトップを務めました。P&Gのマーケティング・リサーチ部門は7000人いて、年間80億ドルの広告費を動かせるポジションだそうです。彼はそれだけの人とカネを動かし、P&Gの収益を倍増させました。
2008年にP&Gを退職してからは、UCLAの大学院の教授職、コンサル会社の経営、モトローラ社の取締役、アメリカン・オン・ライン社の取締役として活動しています。その圧倒的な実績から、伸び悩むデルや、2010年には大量リコール問題で苦境にたったトヨタまでも、ジムにブランドマネジメントのコンサルを依頼しています。ジムは言います。トヨタのブランド・マネジメントはほぼ完璧で驚かされた。すぐに立ち直るだろうと。
本書は2012年から、UCLAアンダーソン経営大学院の講義の教科書として採用されています。そういう意味では少し学術的です。とはいえジムのこれまでの仕事を経験則に語っていますので、机上の理論じゃなく、実績に裏打ちされたブランド論であり、リーダーシップ論です。
ブランド価値とはなんでしょう。会計上の観点から見ると、企業の買収・合併時の、「買収された企業の時価評価純資産」と「買収価額」との差額のことです。
1980年、S&P500を構成する企業の株式時価総額のほぼすべてが、目に見える資産で構成されていました。2010年、その割合は40~45%まで落ち込んでいます。残りの55~60%は目に見えない資産です。そのうちのおよそ半分をブランド価値が占めています。株式時価総額全体に占める割合で言うと、30%以上がブランド価値ということになります。
この本を通して見えてくる、ブランド理念や、あるべきリーダーの振る舞いについては、読書メモとして後述します。
一読して思った優れたブランド理念とは、「利他的な動き」という事です。「人にやさしく」それだけです。儒教や仏教、ニーチェ、マルクス、ユング、ドラッカー、みんな同じようなことを言っています。ビジネス本ピンの3冊と言われる、「7つの習慣」「思考は現実化する」「人を動かす」も同様の観点です。そういう意味では、世の中の人は皆、高次の理念というのはわかっている。だけどそれをどう自分のレベルに落とし込むか、それが難しいのだと思います。単に英語の勉強が長続きしないのと同じなのか、アレンジが難しいのか、「人にやさしく」するにはまず自分が幸せにならないといけない、これが難しいのか。
以下に読書メモを。
目次
優れたリーダーの5つの行動原則
UCLAとMBOのチームで上位50ブランドについて、定量的・定性的な調査と分析を行なった。その結果分かったことは、優れたビジネスには、優れた理念があり、これらの企業のリーダーはいくつかの共通の原則に従って行動しているということだった。
①人間にとって大切な5つの基本的価値のいずれかの側面で、人々の生活をよりよいものにすることに関わるブランド理念を発見する(喜びを感じさせる、結びつきを助ける、探究心を刺激する、誇りをかき立てる、社会に好ましい影響を与える)。
②ブランド理念を軸に企業文化を構築する。
③ブランド理念を社内外に発信し、社員と顧客の両方とそれを共有する。
④ブランド理念に沿って、理想に近い顧客体験を提供する。
⑤ブランド理念に照らして、ビジネスの進歩の度合いと社員の仕事ぶりを評価する
トップブランド4つの特徴
神経科学的な(顧客の潜在意識)アプローチで、上位50ブランドと競合ブランドとの違いを調査してみた。その結果発見したことは、以下の4つ。
①ブランド理念はビジネスの原動力である。
②急速に成長するビジネスは、人間にとって大切な5つの基本的価値のいずれかに関わるブランド理念を持っている。
③急速に成長するビジネスを動かすのは、ブランド理念を表現手段として用いるリーダーである。
④ビジネスリーダーは、高成長を生み出し持続させるため、優れたリーダーの5つの行動原則において卓越している。
ブランド理念は言葉ではっきりと表現すること
ブランド理念と、その理念を掲げる理由を文章にしよう。それを大勢の人に見せ、尊敬できる人たちに感想をよせてもらい、表現に磨きをかける。その際、喜び、人との結びつき、探究心、誇り、社会への好影響のいずれかを促進することをブランド理念とする。
組織内の誰かが、ブランド理念と、それに基づいた行動やシステムを社内に徹底することに責任を持つ。この役割はCEOが務めてもいいし、意思決定と指揮命令の権限を与えて自由に行動させれば、他の人物にゆだねてもいい。いずれにせよ、その人物が社内のすべての人たちをブランド理念に沿って行動させないと、ブランド理念は本来の力を十分に発揮できない。
そしてブランド理念が社内で力を失っていないかどうかを頻繁に点検する。ジムがコンサルで顧客企業を分析するときの基準は以下。
・ブランド理念は、ブランドの伝統と組織のDNAに沿っているか
・ブランド理念は、人々の生活に好ましい影響を及ぼしているか
・リーダーがブランド理念の推進に積極的に関わっているか
・ブランド理念は社員と顧客を鼓舞できているか
・ブランド理念は、成長の源泉となるようなイノベーションを継続的に生み出せているか
補記イノベーションとは
・持続的イノベーション(製品やサービスの日常的継続的改良を行なう)
・商業的イノベーション(製品やサービスそのものは変更せず、マーケティングによって新しい需要を生み出す。既存製品の新しい用途や新しい使用局面を提案するなど)
・破壊的イノベーション(新しいビジネスのジャンルを発明・再発明し、ビジネスモデルを変更する)
リーダーは何を示すべきか
リーダーがどういう信念をいだいているかがメンバーに伝わらなければ、組織は正しい方向に進めない。そして、リーダーがメンバーに与える影響が最も強まるのは、リーダーのいだく信念がブランド理念と合致しているときだ。
成功を生む企業文化
要求水準の厳しい文化を持つ必要がある。リーダーがそのような文化を築くには、どうすればいいか。まずどういう活動を承認し、どういう人物を昇進させ、どういうライバル企業を比較基準にするのかなど、2~3の重要なテーマを選ぶ。
次にそれらの点について自分がどういう基準をもっていて、その基準に従うことがブランド理念の追求にどのように役立つのか、自分自身の考えをはっきりさせる。そのうえで、言葉と行動を通じて、その基準をチームのメンバーに伝えていく。ほとんどの場合、効果の大きさに驚くことになるだろう。
企業文化を築く10の手法
ジムがP&G時代、企業文化を築くために重んじてきた手法。コンサルとして教示する場合も、重要な指針としている。
・人々の背中を押せるブランド理念を掘り起こし実践する。
・自分が何を大切にしているか社内外にはっきりと伝える。
・達成したい目標のために組織を設計する。
・チームを迅速に整備する。ジムが犯した過ちの大半は、チームの整備を素早く行なわなかったせいで起きたもの。
・あらゆるタイプのイノベーションを後押しする。
・高い基準を設定する。
・常にスタッフをトレーニングする。OJT。
・象徴的な活動を行い、人々の興奮を生み出す。
・勝者のように考え、勝者のように行動する。
・どういう遺産を残したいか意識して行動する。ジムは新しい役職につくたびに、どういう遺産をそのポストで残したいかを紙に書き出す。着任して100日間に、それを行なう。そうすることにより、なにを大切にすべきかを見失わずにすむのだ。
アンナ・カレーニナ
企業やブランドが成功するか失敗するかを考えるとき、トルストイの言葉を思いだす。「幸福な家庭はすべて似たように幸せだが、不幸な家庭はすべて異なる形で不幸せである」。
急速に成長する企業には、ある共通点がある。それは質の高いコミュニケーションを実践していることだ。あらゆる要素がブランド理念を表現し、それを後押ししている。社内の会話や文書、報告書、名詞や文房具、電子メールの書名欄、ブランドのロゴ、製品パッケージの説明文、広告、社員、投資家、消費者と行なうやりとり、こうしたすべてが理念を伝達している。
冴えない企業は、コミュニケーションがうまくできていない。一貫性がない。どのように一貫性を欠いているかはまちまちだ。
優良企業の個人成績評価の方法。3つの基準
ビザや2000年代にP&Gが取り入れた人事評価方法。三つの側面から社員を評価する。
・ビジネス上の成果
・人材の育成
・市場シェアとブランド資産価値の向上
とくにP&Gはひとつの人事評価システムを世界規模で導入することを決めた。言葉で言うのは簡単だが、実行するのは難しかった。個々のチームごとにバラバラの評価基準だったし、誰もが自分たちのやり方を変えたがらなかった。
顧客や消費者と接する時間を測定し、そういう活動を奨励する
ジムはグローバルマーケティング責任者に就任してすぐ、マーケティング部門スタッフがどれくらいの時間を消費者や小売店関係者と過ごしているのか調べてみた。事前には役職や職務内容によって、多い人で勤務時間の50%、少ない人で20%程度だろうと予想していた。調査結果は平均で勤務時間の5%に満たなかった。世界で最も消費者中心主義の企業を目指すと標榜しているのに、なんたることか。
まず新入社員を最初の1ヶ月間、スーパーマーケットで働くか、低所得者層と一緒に生活するか、近代的な大手小売店と地域の零細商店の両方で消費者の買い物に同伴するかして過ごすことを義務付けた。その1ヶ月間に接した人たちが最も重要な顧客であり、会社のビジネスの屋台骨を支えているのだとはっきり認識させ、そこに共感できない社員は必要ないものとした。
次にマーケティング部門の全社員が、消費者および小売店と過ごしている時間を測定し、目標時間を定めてそれを達成することを一人ひとりの職務計画に組み込んだ。消費者と接し、小売店に足を運ぶことが中核的業務であることを徹底して意識させた。そういう活動に時間と労力を割いた社員には、目に見えて報いる仕組みも整えた。
まずは、ビジネスの未来にとって社外で最も重要なのが誰かを明らかにし、そのうえで社員がその人たちと接し、言葉を交わし、その人たちにとって大切な基本的価値を深く理解するよう、具体的な措置を講じればいい。
2011年モトローラ・ソリューションズのブランド理念構築
モトローラはさまざまな企業を調べ、サウスウエスト航空、ザッポス、IBMを参考にした。さらに社内にチームを設け、社員たちの声を集めさせた。「給料以外で、あなたに毎朝起きて出勤しようと思わせるものはなんですか?もしあなたが働いている部署が明日なくなるとすれば、世界にどういう影響があると思いますか?」ジムは2009年にピザハットがブランド理念の進化を目指したときにも、同様の質問を問いかけている。
最初のうちは社員たちは「ライバル社が仕事を奪うだけ」「顧客である政府や企業の生産性を高めること」としか言わなかった。しかし対話を続けるうちに、不慮の技術トラブルが持ち上がれば、顧客である政府機関や企業で働くユーザーたちが非常に困る、不便を味わわされたり、思わぬ出費を強いられたりする場合もある。人名が失われる場合もある。こうしたストーリーを通じて、モトローラが政府と企業のさまざまなニーズにこたえてきた伝統に、社員が実は強い誇りを抱いていることがわかった。
ブランド理念は映像にする
ジムがコンサルに関わる企業には、ブランド理念を表現するビデオを製作するよういつも助言している。ポスターでも悪くないが、動画の方がいっそう情緒面で共感を誘いやすく、その理念がウソ偽りのないものだと理解してもらいやすい。ブランド理念を表す言葉を紙の上に記すだけでは、すべてのスタッフの心の琴線には触れれらない。ここで働く人たちが日々行なっている行動を、英雄的で現実感があるものとして表現することが大切。
優れた企業のブランド理念(米国企業中心なので、知らない会社は省略)
①喜びを感じさせる
・コカコーラ:幸せな時間をつくり出す
・マスターカード:商取引の世界をもっとシンプルに、もっと柔軟にする
・ZARA:流行のファッションを誰でも楽しめるようにする
②結びつきを助ける
・ブラックベリー:いつでもどこでも、人々がつながり合い、重要なコンテンツにアクセスできるようにする
・フェデックス:人々が安心して荷物をやりとりできるようにする
・楽天市場:企業と消費者のパートナーを花開かせる
・スターバックス:自己発見と創造を促すために、人と人とのつながりを生み出す
③探究心を刺激する
・アマゾン:選択と探索、発見の自由を生み出す
・アップル:創造的な探索と自己表現の手立てを人々に提供する
・ディーゼル:人々の想像力を刺激し、ファッションにおける可能性を無限に広げる
・グーグル:あらゆる好奇心を瞬時に満たす
・ジョニーウォーカー:進歩と成功への旅を祝福する
・ルイヴィトン:人生という旅を上質で濃密な経験にする
・サムソン:無限の可能性がある世界をつくり、その世界で人々の想像力を刺激し、生活を豊かにする
・ビザ:よりよい暮らしのためにより優れたマネーを提供し、人々が自分の情熱を追及する道を開く
④誇りをかき立てる
・カルバンクライン:現代にふさわしい最高の高級品を提供する
・ハイネケン:男たちが洗練された男に―アイデア豊富で、堂々としていて、気さくで、コスモポリタンな男性になるのを助ける
・へネシー:人々が成功の喜びを満喫する手伝いをする
・エルメス:時代を超えた職人技を大切にし、最高の高級品を提供する
・ヒューゴボス:ヨーロッパ的なセンスを通じて、人々に自信をもたせる
・ジャックダニエル:自分らしさ、独立心、そして誠実さを称え、そういう生き方に誇りをいだかせる
・メルセデスベンツ:人生における成功の象徴になる
⑤社会に影響を及ぼす
・IBM:賢い地球を築く
・ダブ:あらゆる女性の「その人らしい美しさ」を称える