村上春樹の「一人称単数」って自伝(私小説)?

まだ読まれてない人。買って読んでも損はないです。

自伝というか私小説というか。そんなかんじです。どこまでがホントで、どこからがフィクションかはわからないけど。誰の言葉だったか「小説家はウソつき」ともいうし。

小説家だけじゃなく、人はみんなウソつきかもしれません。盛るし、ホンネは隠す。

内田樹がいうには、それは礼儀作法だそうです。

礼儀作法の目的は何よりまず「仮面をかぶることによって自分の利益を最大化すること」です。権力を持つ人間、決定権を持つ人間、こちらに対して強制力を発揮できる人間の前では、絶対に自分の「素顔」を出してはいけない。これが礼儀の基本です。

わかりやすいのが軍隊です。「逆らうことのゆるされない場所」では、上官の前では仮面のように無表情になります。生き延びるために仮面をかぶるのです』

三島由紀夫は、ウソは誠実さとも言います。

『相手の幻想を破ることが、恋愛において誠実であるかどうかは、非常に疑問なのであります。ですから、真心を求め合うということは決して自分勝手な真心を相手から求めることであってはならない。恋愛は子供のすることではなく、おとなのすることですから、そこでは人間同士のうそが、一番美しい目的のために奉仕していく。うそというものが、恋愛では一番誠実な意味を持ってくるのではないかと私は思っています』

『どんなに醜悪であろうと、自分の真実の姿を告白して、それによって真実の姿をみとめてもらい、あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは、甘い考えで、人生をなめてかかった考えです



「一人称単数」は8つの短編小説からなります。全235pで8編。1つが約30p平均。

以下に感想とメモを。いちおう小説なのでフィクションなはずですが、村上春樹の実体験も含まれてると思います。

石のまくらに

村上春樹(と思われる主人公)が大学2年の頃、レストランでアルバイトをしてた時の話。

バイト先の女の子と仲良くなって、一夜をともにする。ちょっとふつうと違うのは、その女の子が「短歌」を作っていたことと、イクときに他の男の名前を叫ぶこと。

イクときに他の男の名前を呼ばれる。みなさんは経験ありますか?

僕は一度だけ経験があります。独身時代のワンナイトラブ。

その女の子がいうには「イクとき、パパっって呼ぶかもしれんけど、気にせんといて」

本書から気に入った表現。

『人を好きになるというのはね、医療保険のきかない精神の病にかかったみたいなものなの』

クリーム

村上春樹は中学生までピアノ習ってたそう。練習がイヤで辞めちゃうんですが。

予備校のとき、一緒にピアノ習ってたキレイな女の子から、リサイタルの招待状が届く。芦屋か苦楽園あたりのホール。

花束を買ってリサイタルに行くと、そこで不思議な体験をする。このあたりはフィクションっぽい話です。

男はピアノ辞めちゃいますよね。ぼくは小学校低学年でやめました。面白くないのと「女ばっかりでイヤ」という理由でした。なんかダサい気がして。

中学まで続けた村上春樹は、真面目な子どもやったんやろね。

チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

主人公が大学のとき、チャーリーパーカーの「実在しないアルバムの音楽評」を書く。それが雑誌にのる。それにまつわる話です。NYの中古レコード店で、その「実在しないアルバム」を見つけてしまうという不思議体験。

すいません。チャーリーパーカーの良さがあまり理解できません。音が古すぎるのがなんとも。知り合いのジャズシンガー曰く、「バードは最高」だそうですが。

ジャズがそれなりに好きで、中古レコード屋さんが好きな人には楽しめる物語です。

ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles

主人公が神戸高校のとき、つきあった女の子の話。1964年とか1965年。世界がビートルズに夢中になってた時代。本書のハイライトかな。

その女の子とは大学生になって別れちゃう。六甲山のカフェで別れ話。東京の大学で好きな子ができたという、よくある理由です。

多くの人は、若いころの自分の恋愛を思い出すとおもう。別れ話で相手を傷つけたらダメですよね。この物語読むと痛感します。恋愛って残酷です。生存競争というかポジション争いというか。人間として一番つかれる。

気に入った表現。

『ポップ・ソングがいちばん深く、じわじわと自然に心に沁みこむ時代が、その人の人生で最も幸福な時期だと主張する人もいる』

「ヤクルト・スワローズ詩集」

村上春樹と思われる主人公は1968年からのヤクルトファン。

当時はまだ「サンケイ・アトムズ」という前身球団。東京で家を選ぶ条件は、神宮球場に歩いて行けるところという筋金入りです。

むかしのヤクルトは3回に2回は負ける弱小球団。たまに勝つときはゲームを楽しみ、負けてるときは「まあ、人生負けに慣れておくのも大事だから」と考えてたそうです。

・天文学的な数の負け試合を目撃し続け、今日もまた負けたという世界に、自分の身体を慣らしていった。潜水夫が時間をかけて注意深く、水圧に身体を慣らしていくみたいに。人生は勝つことより負けることの方が多いので。

・子どもの頃は阪神のファンクラブに入ってた。入らないと学校でいじめられる。父親は筋金入りの阪神ファンで、負けるとひどく不機嫌になった。阪神が負けた夜は、父親の神経に障らないように心がけた。熱心な阪神ファンにならなかったのは、そのせいもある。

・1978年。ヤクルトが奇跡の初優勝。この年29歳で初めての小説「風の歌を聴け」を書き上げ新人賞を受賞。ささやかな縁のようなものを感じる。

かなり頻繁に神宮に通ってますね。1982年には自費出版に近いかたちで「ヤクルトスワローズ詩集」を出版したそうです。ナンバー入りで500部。1冊ずつサインペンでサインもした。今それは驚くほど高い値段がついてるそう。

⇒値段を調べるためにググると、ヤクルトスワローズ詩集は架空の話との説もある。やっぱ小説家はうそつきw。

甲子園レフトスタンドのヤクルトファンの気持ちを歌った詩です。机の中に残してた文章の断片。その一部を。

海流の中の島

夏のその午後
甲子園球場の左翼席で
ヤクルト・スワローズの応援席を探した
探し当てるまでに
時間がかかった。応援席は
だいたい5メートル四方ほどの
大きさしかなかったから
その回りはそっくり全部
タイガース・ファン
ジョン・フォード監督の映画
「アパッチ砦」を思い出す
頑迷なヘンリー・フォンダの率いる
小規模の騎兵隊が、大地を埋め尽くす
インディアンの大軍に包囲されている
絶体絶命というか
海流の中の小さな島みたいに
真ん中に勇敢な旗を一本立てて

以下省略』



謝肉祭(Carnaval)

村上春樹が50歳ころの話。今から20年ほど前。人に紹介され「醜い」女性の友人ができた。その女性とは驚くほど音楽の趣味が合い(クラシック)、とくにシューマンの「謝肉祭」のことを語り合った。家も行き来して。奥さんは彼女が醜いので余裕だったそう。

その裕福な友人。大型投資詐欺で捕まった。

モデルは誰?とググりましたが、大型投資詐欺でネットに残ってるのは30億円以上の規模のもの。村上春樹のいう被害総額10億円規模の20年前の詐欺事件はヒットしません。う~ん、誰だろ。

村上春樹のピアノ独奏曲の趣味についての記述。

『ショパン。それほど熱意を抱かない。モーツァルトは美しいが聞き飽きた。バッハの平均律は見事だが身を入れて聴くには長すぎ。ベートヴェンは時として生真面目すぎるところが耳につく。ブラームスはたまに聴くと素晴らしいが、しょっちゅうだとくたびれるし退屈する。ドビュッシーとラヴェルはそれを聴く時刻とシチュエーションを選ばないと心に届かない。

僕らが文句なく素晴らしいと選んだのは、シューベルトのいくつかのピアノソナタと、シューマンのピアノ音楽。

その中でも何か一曲だけ残すとしたら何がいいか。無人島に持って行くピアノ音楽。シューマンの謝肉祭』

そして2人は謝肉祭同好会のようなかんじで半年間、3つのコンサートと42枚の謝肉祭のレコードを聴いた。

それらについて意見交換をして要約し、記録した。

彼女のベストワンはアルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリの演奏(エンジェル盤)であり、村上春樹のベストワンはアルトゥール・ルビンシュタインの演奏(RCA盤)だった。

カラヤンみたいに華やか。エンジェル盤?かどうかはわかりません。

こっちのほうが潔くてストレートです。

品川猿の告白

これはフィクションですね。一人旅のときに温泉宿に泊まる。そこで出会った不思議な猿の話です。

一人称単数

これも実話っぽい感じ。こういうことあると思う。家で一人のときに、手持ちの服で、一人ファッションショーするときありませんか?っていう話。

それなりの服好きは、これやってると思う。自分に何が似合うか、サイズ感とか。これやってないとわからないと思う。おしゃれと言われる人はやってるはず。

だけど人には見られたくない姿。こういうことやってる自分は恥ずかしいと感じる。

それでおしゃれして、脱ぐのももったいないので、その姿のまま普段いかないショットバーに出かけて、酔っ払い女に絡まれたという物語です。

今はあまり行きませんが、むかしショットバーによく通ってました。週一ぐらい。ショットバーは酔っ払いの集まりなので、それなりに気まずい経験もしています。絡まれたこともある。

気まずいトラブルに巻き込まれたときの、後悔というかあの残念な気持ち。今回「一人称単数」読みながら追体験しました。

三人称単数な曲ですが。今年ここまでで一番好きな歌です。For Her♪

サビの部分が最高です。

Stand up, show love♪
Stand up, show up
Stand up, show love for her, for her
Stand up, show love for her, for her
Stand up, show up for her, for her

こういうジワジワくるアンセムって、最近の歌では少ないんですよね。

The Chicks – For Her (Lyrics)

アルバムタイトルの「ガスライター」はウソつきという意味のスラングです。イングリット・バーグマンの映画「ガス灯」からきてる。チックスは音楽の歴史上もっとも売れた女性グループ(アルバム売上枚数)。14年ぶりの新作はビルボード3位が最高位でした。

ところでジャケットの美女3人。14年で3人ともキレイになったなぁ。

よく見ると別人やん(笑)。ウソつきや。

(関連記事)

「村上T」読んで
https://book-jockey.com/archives/11113

「歴史小説の罠 司馬遼太郎、半藤一利、村上春樹」
https://book-jockey.com/archives/10386

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