【風立ちぬ・堀辰雄・1938年初版】書評と読書メモ

とても美しい私小説。

私小説といえば西村賢太しか思い浮かばないので、こんなにも美しいものだったのかと。まるでセカチューのように美しい。

堀辰雄は軽井沢を愛した作家として知られています。「風立ちぬ」のヒロイン「節子」のモデルは矢野綾子という女性です。著者は彼女と1933年夏に軽井沢で知り合い、1934年9月に婚約。しかし1935年12月、25歳の綾子は肺結核のため夭逝しました。

小説家だった堀辰雄は、彼女が富士見高原療養所(サナトリウム)に入院するのに付き添います。1935年4月に入院して12月に亡くなるまで、彼らのサナトリウムでの愛の生活は続きます。

節子には未来はなかったけど、愛する堀に見守られた半年は、本当に幸福な日々でした。なんていうかジョンレノンの主夫時代のような蜜月の日々です。マジソン郡の橋じゃないけど、人生は凝縮されたキラメキがあれば、それで満足できるものかもしれません。

こんなこというと何ですが、娘の一瞬の幸せのために、父は大金をつぎ込んでいます。幸せはカネで買える部分が確かにあります。

サナトリウムの6つの病棟にはグレードがあり、二人が入院した、バルコニーや付添い人控えの間(側室)が付属した一番奥の病棟は、最も立派なものでした。

1ヶ月の入院費が当時の「学校教員の年収」に匹敵したようです。この巨額な入院費は、婚約者の実家・矢野家(実業家として知られていた)が出していました。

愛する娘をできる限り幸せにし、結果として文学名作にもなった。父として救われた部分はあったと思います。綾子の短い人生にも価値があった。

何だったら松田聖子がこれをモチーフにして、歌まで歌っています。「さよなら・・風立ちぬ 今は秋 今日から私は心の旅人」

心の旅人、深い表現ですね。作詞は松本隆。はっぴいえんどのドラマーだった人。ちなみに作曲は大瀧詠一でした。

伝説を超え神話になった山口百恵と友和の、ゴールデンコンビの映画も有名です。作品がリバイバルされるたびに、人々の中で新しい綾子が形つくられる。永遠の命です。

以下に気に入った部分を。



・それから私達はしばらくそのまま黙り合っていた。そうすることがこういう花咲き匂うような人生をそのまま少しでも引き留めて置くことが出来でもするかのように。

・人生というものは、お前がいつもそうしているように、何もかもそれに任せ切って置いた方がいいのだ。そうすればきっと、私達がそれを希おうなどとは思いも及ばなかったようなものまで、私達に与えられるかもしれないのだ。

・私はときどき立ち止まって、彼女を少し先に歩かせた。二年前の夏、ただ彼女をよく見たいばかりに、わざと私の二三歩先に彼女を歩かせながら森の中などを散歩した頃のさまざまな小さな思い出が、心臓をしめつけられる位に、私の裡に一ぱいに溢れて来た。

・幸福の思い出ほど幸福を妨げるものはない。

その他の読書メモを。

最初のタイトルは「婚約」だった

1936年、堀辰雄は立原道造にあてた手紙に、「今日から小説やっと書き出したところ。いまのところ仮に「婚約」という題をつけている。二人のものが、互いにどれだけ幸福にさせ合えるか、そういう主題に正面からぶつかってゆくつもりだ。」

有名作家も入院したサナトリウム

結核の特効薬がなかった当時、標高1000メートルの富士見高原療養所は、最適な自然環境と考えられた。堀辰雄以外にも竹久夢二、横溝正史など多くの作家や文化人が治療のため訪れた。

人生そのものが病室♪

さだまさし/サナトリウム♪

レスポンシブ広告

シェアする