【職業としての小説家・村上春樹】海外で人気の理由は?

ウォールストリートジャーナルいわく、「文学的ロックスター」村上春樹。50を超える言語に翻訳され、世界各国でベストセラーになってる。総発行部数は、ググってもよくわかりませんが、いまは国内より海外での売上のほうが大きいと。

2010年末の時点で、「ノルウェーの森」は国内だけで1095万部突破。上下巻、文庫合わせての数字です。世界売上合計では、「ノルウェーの森」だけで2000万部を超えると思われます。

アメリカでは「1Q84」はNYタイムズのフィクションで2位、「色彩を持たない~」は1位を獲得ロシアでは90年代半ばの時点で、村上作品がベストセラー10位の半分を占めたことがあったそうです。ニューヨークを海外出版のハブにしたことが、ヨーロッパでの売上の伸びに繋がったと。

アジアの人気も凄い。韓国では2005~2015年の最多販売作家が村上春樹で、400万部ぐらい売った。ちなみに2位は「木」のベルナール。3位は韓国人作家。中国でも「1Q84」は初版100万部。台湾では50万部・・・これだけ売れると、発言がリベラルになるのはしようがないか。

今年は話題作が続きますよね。年末ぐらいに旅行記も出すそうです。

職業としての小説家・村上春樹



文体が平易で翻訳しやすいのも、世界でウケる理由のひとつだとは思いますが、彼自身が、ちゃんとアメリカで営業した、というのが成功の大きな要因です。

本書で詳細に語られてますが、最初は80年代後半に講談社アメリカがバックアップ。ニューヨーカー誌が、羊をめぐる冒険を評価し、専属作家契約を結びます。でもその段階は、まだカルト的人気。

「アメリカで作家として成功しようとしたら、アメリカのエージェントと契約し、アメリカの大手出版社から本を出さないとむずかしい」と何人かのアメリカ人からアドバイスされ、知り合いのつてを頼って自分でエージェントを探し、新しい出版社探しをします

エージェントは大手エージェンシーのICMのアマンダ・アーバン、出版社はクノップフ(トップはサニー・メーター)、担当編集はゲーリー・フィスケットジョン。米国文芸界のトップクラスの人たちです。

この3人はそのままレイモンド・カーヴァーのエージェントで、出版代表で、担当編集者。村上春樹はレイモンドの翻訳者で、彼の作品を日本に紹介したというつながりがあります。

タイミング的にノルウェーの森が日本で200万セット売れてたし、ニューヨーカー誌も高く評価したニューカマーだったことが、米国の大物を惹きつけたと。この3人の出版人は、広いコネクションと、業界への確かな影響力があったそうです。

それからアメリカ作家と同じ土俵に立つために、自分で翻訳者を見つけて個人的に翻訳してもらい、その翻訳を自分でチェックして、その英訳された原稿をエージェントに持ち込み、出版社に売ってもらうという方法をとったそうです。そうしようとしたのは、アマンダに「英語で読めない作品は自分に扱えない」とはっきり言われたから。

アマンダ、サニー、ゲーリーとは個人的に親しくつきあい、よく一緒に飯を食ったりするそうです。そういうのは、どこの国もおなじで、エージェントに丸投げだったら、動くものも動かないと。

アメリカも浪花節なんですね。成功した人っていうのは、やらなければならないことは、ちゃんとやってる。やらない人が成功しない。

ぼくが村上春樹を知ったのは、深夜放送のディスクジョッキーが絶賛してたからです。「すごい作家がいる。価値観が似てて、これまでのどの作家とも違う。こんなに自分にぴったりの作家ははじめてだ」

すぐに「風の歌を聴け」を読み、以来彼の作品と共に人生を歩んでます。当時中学生で、中学生にも簡単に読めて、それまでのどの日本人作家よりもクールだった。今でいうところの、ラノベみたいなものか。

本読んで笑ったのは初めてでした。それだけで衝撃です。誰の文章とも違う。もちろんウンチクというか、その価値観に感心するところもある。

それからというもの、村上春樹がいいという音楽やら酒やら、ファッションやら生き方やら、いろんなものに影響されました。たぶん文体なんかも、そっくりになってると思う。文体は多くの人が影響されてますよね^^

ぼくの好きな3作品。図書館で借りて読んだ後に、手元に欲しくて買った本。寝る前に読むことが多いです。

職業としての小説家・村上春樹

「職業としての小説家」は、村上春樹ファン必読です。いろんな作品のメイキング風景も書かれてたりする。たとえば「ノルウェーの森」。ギリシャ各地のカフェのテーブルや、フェリーの座席や、空港の待合室や、公園の日陰や、安ホテルの机で書いたそうです。ローマの文房具店で買った安物のノートに、BICのボールペンで細かい字を書いた。

今回の要約読書メモは、以下の3点に絞りました。
・当時まったく新しかった衝撃の文体を、どうやって編み出したか。
・長編小説の書き方。
・1人称から3人称への変化。



村上春樹はどうやってあの文体を編み出したか

「風の歌を聴け」は原稿用紙200枚弱の短い小説。でも書き上げるまでに、ずいぶん時間がかかった。最初に書き上げたものを読んでみると、自分でも感心しなかった。そこで原稿用紙と万年筆を放棄した。

押し入れにしまっていた英文タイプライター「オリベッティ」を持ち出した。小説の出だしを試しに英語で書いてみた。英語の作文能力はたかがしれてる。センテンスは当然短いものになった。

英語では頭の中の複雑な思いは表現できない。内容をできるだけシンプルな言葉で言い換え、意図をわかりやすくパラフレーズし、描写から余分な贅肉をそぎ落とし、全体をコンパクトな形態にして、制限のある容れ物に入れる段取りをつけていく。無骨な文章になってしまう。そうやって書き進めていくうちに、自分なりの文章のリズムが生まれた。

そのときに発見したのは、言葉や表現の数が限られていても、効果的に組み合わせることができれば、そのコンビネーションによって、感情表現・意思表現はけっこううまくできる。

「何もむずかしい言葉を並べなくてもいいんだ」
「人を感心させるような美しい表現をしなくてもいいんだ」

外国語で書く効果の面白さを発見し、自分なりに文章を書くリズムを身につけると、英文タイプライターを押し入れに戻し、もう一度原稿用紙と万年筆を引っ張り出した。

そして机に向かって、英語で書き上げた一章ぶんくらいの文章を、日本語に翻訳していった。翻訳といっても直訳ではなく、自由な移植に近いもの。するとそこには新しい日本語の文体が浮かび上がった。

それは自分自身の独自の文体で、自分の手で見つけた文体。
そのときに、こういう風に日本語を書けばいいんだと思った。

そうやって新しく獲得した文体を使って、既に書き上げていた「あまり面白くない」小説を、頭から尻尾までそっくり書き直した。小説の筋そのものはだいたい同じで、表現方法はまったく違う。それが今ある「風の歌を聴け」という作品。

村上春樹の長編小説の書き方

1日に400字詰原稿用紙にして、10枚見当で原稿を書いていく。マックの画面でいうとだいたい2画面半。もっと書きたくても10枚でやめ、今ひとつ乗らないときでもがんばって10枚書く。長い仕事をするときは、規則性が大切な意味を持ってくるから。

1日10枚原稿を書けば、1か月で300枚書ける。半年で1800枚。「海辺のカフカ」の第一稿が1800枚。

第一稿を終えると、1週間休んで、第1回目の書き直しに入る。頭から全部ごりごり書き直す。その書き直しに1~2カ月かかる。それが終わるとまた1週間置いて、3回目の書き直しに入る。

4回目の書き直しが終わると、一度長い休みをとる。半月か1か月ほど作品をしまい込む。その間は旅行をしたり、翻訳の仕事をしたり。作品をしばらく寝かせる。その後に再び細かい部部の徹底的な書き直しに入る。前に見えなかった欠点が見えてくる。

次に第三者の意見が必要になる。奥さんに原稿を読ませる。作家としての最初から、この段階でずっと奥さんに読ませてる。出版社の編集者はサラリーマン。どこまで親身につきあえるか予測が立たない。妻は配置転換もなく、観測定点になる。

妻から言われたことは、すんなり受け入れられないこともある。批判的なことを言われると、頭にくるし感情的になる。激しい言い合いになることもある。編集者相手に、きつい物言いはできないので、身内の利点ともいえる。

奥さんの批評に納得するまで、数日を要することもある。自分の思いのほうが正しいと思うこともある。だけど個人的ルールとして、批評に納得がいかなくても、指摘を受けた部分は頭から書き直す。書き直した部分をもう一度読んでもらい、また討論して必要があれば、また書き直す。それを繰り返し、全体のトーンを修正し、そこで初めて編集者に正式に読んでもらう。

編集者の指摘があれば、また同じように修正を繰り返す。つまり大事なのは、書き直すという行為そのものなのだ。

1人称から3人称になるまで20年かかった

1人称「僕」で小説を書き始め、そういう書き方を20年くらい続けた。

短編では3人称を使ったが、長編ではずっと「僕」でとおした。1人称だけをもちいた長編小説は、「ねじまき鳥クロニクル」が最後になった。

さすがに「これがもう限界だな」と感じるところがあり、「海辺のカフカ」では半分を3人称の語りにした。その後に書いた短編小説「東京奇譚集」、中編小説「アフターダーク」はどちらも、最初から純粋な3人称小説になった。

短編や中編というフォーマットで、自分に3人称がしっかり使えることを確かめた。

1人称に別離を告げ、3人称だけを使って小説が書けるようになるまで、デビュー以来ほぼ20年を要した。

なんのひねりもないですが、ノルウェーの森♪ やっぱ名曲♬

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