「プリンス論」要約まとめ

個人的なプリンスに関する3つの思い出。

1つは「リトルレッドコルベット」。この曲でプリンスを初めて知りました。レッツダンスやビートイットがベスト10にいた83年です。ラジオのDJがいうには、女性のもっとも敏感な部分のことを隠喩するそうです。そういわれてみれば、触れるとギャーンって加速しそうです。ディスクジョッキー曰く、プリンスの歌はとにかく卑猥だと。

2つめ、影響を受けた音楽は「カウントベーシー」とラジオで言ってたこと。プリンス本人のインタビュによる。かれの複雑な音楽はいったい何を参考にしてるんだ、と思ってました。さっそくカウントベーシーのCD買って、とても納得した記憶があります。ちなみに村上春樹いわく、カウントベーシーは可能なかぎり大音量で、ビールを飲みながら聴く。するとこの世は天国だそうです。

本書によると、プリンスはあまり影響を受けたミュージシャンのことを語らない。それでも数人は上げてるそうですが。リスペクトしてるのは、サンタナ、ジョニミッチェル、ジャニスイアン。1981年の地元ミネアポリスでのインタビュでは、黒人の名前が一つも出てこなかった。70年代のミネアポリスは黒人比率が3%なので、地元ラジオは白人の曲しか流さなかった。

3つめ、2007年イギリスの新聞の日曜版に、CDを付録として無料配布したこと。革新的なの販売手法です。1.4ポンド(約260円)の新聞買うとCDがおまけで付いてきた。

この前音楽チャンネル(ミュージックエアかMTVだったか)見てると、海外制作の1~2時間のプリンス特番をやってました。いわく、レーベルからCD出すより、新聞社からリターンされるカネのほうが多かったそうです。どんだけレーベルって搾取してるんやと。

しかし本書によると、過去においてプリンスは搾取されてきたわけではない。1992年のワーナーとプリンスの契約は1億ドル(125億円)。ワーナー副社長の座も用意された。マイケルやマドンナでも6000万ドルです。

CD無料配布は業界を震撼させた事件なので、このあたりのプリンスのビジネス戦略の部分を、もっと本書には書いてほしかった。だけどあまり書かれてない。著者はミュージシャンなので、ビジネスモデルの部分はそんなに興味がないのか、たしかな情報が少ないのか。

プリンスの略歴を簡単に

1958年生まれ。父親はクラブやラウンジで演奏するジャズミュージシャン(昼間は生活のためハネウェルの工場で働くワーカー)。母親もジャズシンガーを目指してた。65年に両親は離婚。母親は67年に再婚するが、継父と折り合いが悪く、プリンスは幼馴染の家に居候する。

友人宅の地下で、プリンスはギター、ベース、ドラム、キーボードなどをマスターし、14歳のころから演奏活動を開始、17歳で地元のプロモーターに認められ、「第2のスティービーワンダー」、「神童」とのキャッチフレーズで大手レーベルに売り込まれる。

18歳でワーナーブラザースと契約。セルフプロデュース権の保証や高額の契約金など、新人としては破格の扱いであったと。1978年19歳の時、デビューアルバム「For You」が発表される。



パープルレインでのBPMの高速化

BPMとはビーツ・パー・ミニッツ。1分間で何回拍を数えるかを示す速さの基準。70年代ダンスミュージックのテンポの多くは、1分間に110拍から120拍。前作のヒット曲1999はBPM118。マイケルのビリージーンでBPM117。レッツゴークレイジーはBPM197、アイウッドダイ4UはBPM136、ビートに抱かれてはBPM127。

日本の一般的な音楽ファンに受けるテンポ

ミディアムテンポは日本の一般層にさほど受けない。マークロンソンのアップタウンファンクはBPM116であまり売れなかったが(日本で5万ダウンロード)、ファレルウィリアムスのハッピーはBPM160で異例のヒット(日本では50万ダウンロード)。

AKB48ではヘビーローテーションがBPM178、エブリデイカチューシャがBPM172、真夏のサウンズグッドがBPM148。高速のテンポはノリやすい。BPMが120前半になると、急に日本の音楽ファンの足と体は止まる。例外は恋するフォーチューンクッキーでBPM122。反動や意外性で売れた。

プリンス、ドタキャンの真の理由

ウィアーザワールドの録音をドタキャンしたプリンス。「ボディガードがパパラッチからプリンスを守るため暴れた」そのことは事実だとしても、彼はスタジオに行けなくなる理由が欲しかったのでは?

著者がライオネルリッチーにインタビュした。ライオネルとプリンスは家を行き来するほど仲が良く、プリンスはライオネルにこう言ってたと。「レコーディングする部屋を自分だけ別にしてほしい」

全員が一緒に歌うスタイルが決まってからは、「ともかく嫌がってね、急な心変わりにクインシーも困ってたよ。最後はね、ギターソロだけでも別の部屋でできないかな、それだったら別の部屋でもできるよね?って。プリンスに言われたけど、クインシーはウィアーザワールドにギターソロはいらないと。プリンスのパートは結局ヒューイルイスが歌ってくれたよ」

プリンスは背が低い。157cmと言われてる。ダリルホールやヒューイルイスは180cmを超えている。真実はわからないが、大勢と一緒に並んで歌うことを嫌がっていたことは確かだ。

現在の音楽ソフト

現在のDTM(デスクトップミュージック)時代を生きるミュージシャンであれば、自宅のPCで自由自在に音楽をつくることができる。「Logic」「Cubase」「Pro Tools」などといった音楽ソフトが充実しており、それを使えばたとえ高校生でもレコーディングやミックスダウンができるのだ。また出来たばかりの楽曲をネットを使って、世界中に配信することもできる。

エホバの証人

2001年プリンスはエホバの証人に改宗する。ラリーグラハムに勧誘されたこと、新しく妻になったマニュエラも信者であったこと、などが改宗のきっかけと言われている。

宗教的な理由から、この時期を境にこれまでのトレードマークであった、「卑猥な表現の歌詞」を封印。過去曲も過激なものはステージで披露するのをやめ、歌詞を変えてしまうなど作風も変化していった。

あなたの好きなプリンスの曲はなんでしょうか?

ぼくはバットダンス♪

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