「菊と刀」と「修身論」まとめ

1996年の時点で日本だけでも230万部売れてるベストセラー。

第二次大戦中、米国戦時情報局の依頼を受け、日本人の気質や行動を研究した文化人類学者ルース・ベネディクト(女性)の著作。1945年に米国国務省に報告書を提出したものを原型に1946年に加筆して出版。ルースは2年後に他界。

日本人の考え方が欧米人と違うために行動が予測できず(欧米人は30%負ければ投降し捕虜になるが日本人は最後の一人まで玉砕する)、戦争末期や占領後の政策を立案するための指針とした。

今読むと日本人の考え方や文化はこうも違ってしまったかと。。

畳と畳の境目に腰をおろしたり踏んだりしたらなぜいけないか?

そ~いえばむかしおばあちゃんに言われたような記憶が。。床下に潜んだ武士が境目に刀を突き上げ殺傷していたため。そこは安全地帯では無いとの理由だそうです。

一読して思うことは、戦前の日本人はかなり精神世界に傾注していて、物質文明の現在より、魂は豊かであったろうということ。Amazonのレビューが散々だったのですが、僕はそうでもなかった。戦前の日本人の考え方や行動様式が、客観的に描かれてるので。

「日本ではごく普通の人ですら、自己鍛錬し無我の境地を得ようとする。この種の修行を発達させた文明は少なくないが、日本人の目標と手法は独自である」

「禅は茶道や能とおなじように完全に日本的なものとなった。インドのヨガは瞑想によって超自然的な力が得られると説くが、禅はそのような荒唐無稽のことは主張しない。第六感は心の中にある。訓練をすれば第六感が他の五感を支配するようになる。禅は武士階級の好む生活規範となった」

ルースの報告書を元に、GHQは日本的なものを徹底排除した。

第二次世界大戦の敗戦までは、初等教育に「修身科」があったが、GHQはこれを軍国主義教育の元凶として禁止。GHQの洗脳をそっくり引き継いだ戦後の教育界は、「修身」の復活に反対し続けた。

戦後13年を経過して「修身」にかわる「道徳」の時間が設けられたが、50年以上たった現在も教科ではなく、学級活動と同じ位置づけで、教科書も評価も無い。

そのため日教組によって多くの学校では道徳教育は有名無実となり、モラルや規律の低下はとめどなく進み、今や学級崩壊はどこで起きても当たり前の現象となっている。

アメリカによる「日本の解放民主化」の占領政策が、日本人の「私」のみを肥大させ「公」への関心を失わせてしまった。

日本は一神教の国ではない。「倫理」の国ではない。だけど共同体の世間の目で人々のふるまいを縛る「道徳」がしっかりしていた。

今や地域や会社(派遣)等共同体は崩壊し、教育には期待できない。自らの生きる指針を失った個人は、自分探しの旅を続けている。頼りない「生き方本」を頼りにして。

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