【ロックのウラ教科書/中村公輔】書評と要約

最近の音楽本では一番面白かった。レコーディングエンジニアの視点で書かれてる。著者は本職のエンジニア。

グリンジョンズのサウンドマンは大物ミュージシャンとの回顧録でしたが、これはもろサウンドに関するテクニカルな本。音楽好きならぜひ読むべし。あ、アマゾンのプライムとかアンリミテッド等の読み放題にはありませんでした。ほぼ全ページが読書メモになりうる濃い本なので、買って手元に置くのが正解です。

目次は以下。



第1章 ビートルズが起こしたレコーディング革命
アルバムのカラーを決定づけたエンジニアのチカラ/常識破りのエンジニア、ジェフ・エメリック/ミュージシャン気質のケン・スコット、アラン・パーソンズ/何時間もトイレにすら行かせないフィル・スペクター/MTRの進化がビートルズ解散の引き金に?/ビートルズが使用したマイク/名盤で使用された伝説のマイク/ライブで活躍するダイナミック・マイク/J-POPが洋楽の音にならない理由/メイド・イン・ジャパンのマイク/ノーマン・スミス、アラン・パーソンズ……エンジニアからミュージシャンへの転身

第2章 ロック・ドラムのレコーディング事情
ローリング・ストーンズはインディーズ・スタジオがお好き/ドラムのマイキング/キース・ムーンもジョン・ボーナムも繊細に叩いていた/コンプレッサーをかけたドラム・サウンド/限られたトラック数でのドラム録音/中央にバスドラム、右にハイハット、左はタム。定位を決定づけた『狂気』/ミュートとオーバーダブ

第3章 エレクトリック・ギターのレコーディング事情
ギタリストがアンプのうしろに立っていた時代/1960年代からライン録音は行なわれていた/ジミヘンの手動フェイザー/実は小型アンプが最強?/オン、オフ、ウラ、センター、マイクの位置さまざま/ギターの歪み物語/ディストーション、オーバードライブの登場/ベースのレコーディング事情

第4章 リバーブの深淵
初期反射と残響音/部屋を利用したエコー・チャンバー/鉄板を利用したプレート・リバーブ/ギタリストにお馴染みバネを使ったスプリング・リバーブ/それまでの概念を破ったデジタル・リバーブ/スタジアム・ロックのリバーブ感/ゲート・リバーブが時代を席巻/お手軽デジタル・リバーブが生み出したシューゲイザー

第5章 打ち込みの進化、ヒップホップとオルタナディブ・ロック
スティーリー・ダンが取り入れた驚愕のサンプラー/メタリカはデジタル・エディットの先駆けだった/リンドラムの登場と奇抜エンジニアリングの開花/超高級機であったサンプラー/サンプリング無法時代/スピーカーをマイク代わり/アグレッシブなドラム・サウンドの追求

第6章 プロツールスと現代のレコーディング
レコーディングの常識を覆したプロツールス/ホントはどうなの?歌のピッチ修正/デジタルの音は本当に軽いのか?/デジタルの歪みはノイズの原因?/仁義なき音圧競争

しょっぱなはビートルズ。誰でも共感できるから。ウラ事情がよくわかる。あの音の変遷はエンジニアの影響が大きかった。

まずラバーソウルまでのエンジニアはノーマン・スミスが手掛けた。もともとバンドマンのドラマー。バンドの音に慣れてたので重宝された。ラバーソウルで降板。理由は昇進です。当時のEMIはお茶くみ⇒アシスタントエンジニア⇒マスタリングエンジニア⇒バランスエンジニア⇒プロデューサーに昇格という流れ。今は専業化してこの流れに沿って出世していくことはないそうですが。

ノーマンが昇進してエンジニアが当時19歳のジェフ・エメリックに交代。今ならビートルズは偉大やけど、当時は一過性ですぐに消えてなくなると考えられてた。ジェフは15歳でEMIに入社してビートルズとも顔見知りだったので、あいつにやらせようとなった。そしてリボルバーで絶対にやってはいけない無茶苦茶なマイクの立て方をする。以下の録音秘話は6ページに及ぶので本書で。

ビートルズの無茶ぶりに耐えてたジェフ。さすがにホワイトアルバムで堪忍袋の緒が切れてエンジニアが交代します。後輩のケン・スコットとアラン・パーソンズ。ケンは「ジギスターダスト」、アランは「狂気」のエンジニアなので、その辺の音が好きな人はホワイトアルバムが好きなのかも。

レットイットビーはグリンジョンズに頼んで(ミックスはフィルスペクター)、アビーロードはもう一度ジェフに戻ってもらった。

どうです?まさにビートルズの各アルバムの音の違いは、そのままエンジニアの違いです。本書読んでハッとしました。

以下に読書メモを。



マイクの立て方でドラムの音が消える

音速は340m/秒。1秒間に340m進む。

周波数は1秒間に何サイクルの振動をしているかの振動数を表す。100Hzの低音なら1秒間に100回、10kHzの高音だったら1秒間に1万回波が上下に揺れる。

バスドラムのドンという音は100Hz前後。音は1秒で340m進むので、340割る100で1周期が3.4メートルになる。もし純粋に100Hzをシンセサイザーで合成してスピーカーから出したとき、スピーカーの直前と3.4メートル離れたところと2本で録音すると、波がちょうど重なる形になる。それでは1周期の半分1.7メートルの位置にマイクを立てるとどうなるか。1.7メートルの位置では波がちょうど逆向きになるので、2本のマイクを立てて同じ音量で混ぜると打ち消しあって無音になる。

マイクは複数本立てるので、ドラムの録音は素人には難しい。

コンプレッサー(音楽)とは何か?

ツェッペリンⅣのミスティ・マウンテン・ホップとか、レヴィ・ブレイクとか抜けのいいドラムは、コンプレッサーで叩き潰したサウンド。

ビートルズのレインはやりすぎでバランスが崩れてる。シンバルが皮ものが鳴った瞬間だけ音量が下がって波打っているように聴こえる。

コンプとは音声を圧縮する機材。大きすぎるピークの音量が出ている部分を、少しだけ自動的にボリュームを下げて規定値に入れるようにするエフェクト。バカでかい音が鳴った時に、録音が歪んでしまうのを防ぐため「これ以上大きくなった音は下げて」という音量を指定しておくと、飛びぬけてしまったときに自動で下げるエフェクター。

大きな音で録音したいけど歪むのは怖いときにかけておく機材なのだが、常にかかってしまうようにかけると、楽器のアタックの部分が削れたサウンドが作れる。どうなるか?小さかった余韻の部分がグッと持ち上がってサステインが伸び、現実に鳴っているサウンドよりリバーブ感が増す。

ドラムのトリガーとは何か?最近の使用例は?

トリガーというのは、ドラムにセンサーをつけて、叩いた瞬間にサンプラーやリズムマシンなど別の音源が鳴るシステム。1980年代後期のヘヴィメタで使われ始めた。なぜ生で叩いてるのにトリガーを使うのか?加工した音色は生音からつくるのが不可能だから。

最近ではストーンズの映画「シャイン・ア・ライト」や、ジェイソンボーナムが叩いたツェッペリンの再結成ライブの音源は、トリガーが使われている。

前者ではチャーリーワッツが高齢により昔のように強くキックを踏めないので、過去の自分の音源からバスドラムの音を抜きだして差し替えた。

後者は父のようにパワフルなドラミングにならないので、バスドラムとスネアにサンプルを貼りつけ、本人がプレイしたサウンドを補強するように使った。

もちろんこれは本人同意で、後者に至ってはジェイソンがスタジオで一緒に作業したそう。完全な生を期待した人はがっかりだが、現代のテクノハウスなどソリッドな音に鳴れた世代の耳にはロックの音はぬるいので、現代サウンドにアップデートした感覚だろう。

プリンスの音はデヴィッドZとの共同作業だったのではないか?

エンジニアのデヴィッドZはミュージシャン。リップス・インク時代は全米1位にもなった。1970年代後期のLA音楽業界は、ドラッグに汚染されて、このままじゃ自分もダメになると、デヴィッドは故郷のミネアポリスに戻る。そこで初めて地元の人を相手にしたデモテープ制作の仕事でエンジニア業を始める。

そこに録音に来た16歳のプリンス少年と知り合い、彼のデモテープをワーナーに売り込んでデビューが決定。プリンスは10代で楽器からプロデュースまですべてをこなす天才として売り出されたが、かなりの部分をデヴィッドZが下支えしていたと推測される。そもそもワーナーはデヴィッドをエンジニアでないと見なして、プリンスの録音を頼まなかったが、プリンスはエンジニアがやってることは全部覚えたので必要ないと言って、ワーナーが手配したエンジニアをクビに。そしてなぜか必要ないはずなのに、エンジニアとしてデヴィッドZをミネアポリスから呼び、共同作業に入る。

「KISS」ももともとはプリンスが別なアーティストに楽曲提供したのをデヴィッドZがアレンジ。奇抜なエンジニアリングを施していたところ、やっぱり提供するのをやめにすると言い張りそのまま自分名義で発表している。

1990年代にデヴィッドZはペイズリーパークを離れるが、プリンスがいかにもプリンスらしかった時代は、そのあたりで終わりを迎えた気がする。

オーケストラル・ヒット(通称オケヒ)とは何か?

オーケストラを一斉に鳴らしたときの「ジャン」という音がサンプリングされていて、鍵盤を押すたびにジャン!ジャン!と迫力のある音が鳴る。これは1982年のアフリカバンバータのプラネットロックで使われたのが最初。当時はヒップホップは一部のマニアが聴く音楽だったので、一般に知れ渡ったのはイエスのロンリーハートから。

ボブマーリーのベースの音はどうやったら作れるのか?

ボブマーリーの「キャッチ・ア・ファイア」のようなベースの図太いサウンドは、どうやったら作れるのかという質問が多く寄せられる。実はあれは普通にやってたらムリなやり方で作られてる。

イギリスでレゲエのようなテンポが遅い音楽は売れないと踏んで、ロックと同じテンポになるようオケのテープの回転数を上げてミックスした。楽器のピッチが上がりドラムもチューニングが上に上がったようになる。ふつうはバスドラムの帯域とベースの帯域はかぶるので、ベースの低音を上げてもバスドラムに打ち消されて、そこまで大きな音で聴こえない。しかしバスドラムの位置が上昇してぽっかりスペースが空いたので、ベースの低音をイコライザーでグッと持ち上げれば、戦う相手がいないので、抜けるような低音がスコーンと聴こえる。

これは1990年代に流行したドラムンベースと同じ仕組み。ドラムをサンプラーで録音し、千切ってからピッチを上げて再生。がら空きになった重低音のスペースに、ベースを唸るような低さで入れるというドラムンベースのシステム。

ベースの低音を出す=ベース以外の低音を削る。これがわかるとヒップホップのような重心の低いバスドラムと、レゲエのような低い低音と、ヘヴィメタルのような重低音ギターが、すべて入った曲は、そもそも成立しないのに気づく。

本当に音がよく聴こえる曲は、最初から周波数の住み分けができるようにアレンジが練りに練られている。

ぼくはジャマイカバージョンのほうが好きです。ジョンのダブルファンタジーだったらボーカルエフェクトのないストリップバージョンのほうが好きやし。まあ雰囲気的にはそんな感じです。ボブはこのファーストが全てでしょうね。

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『【ロックのウラ教科書/中村公輔】書評と要約』へのコメント

  1. 名前:seawind335 投稿日:2018/07/31(火) 00:08:11 ID:95c7a25e5

    いやー、これって音楽シーンをまさに「裏側から見た」禁断の書ですね!
    面白そうです。
    確かにBeatlesもレコ・エンジニアでアルバムをとらえると、納得できることが多いのでしょう。

  2. 名前:don 投稿日:2018/07/31(火) 12:27:48 ID:9461b1958

    seawind335さん、こんにちは~
    とくにラバーソウルまでと、それ以降はガラッと変わりましたよね。