【居酒屋の戦後史・橋本健二】要約まとめ

みなさんには、思い出の酒はありますか?

高校時代、友人と将来を語り合って飲んだチューハイ。

大学進学が決まって、ディスコで初めて飲んだモスコミュール。

おふくろの通夜に、親父と飲んだビール。

帰省した息子と鍋をつつきながら飲んだ熱燗。

やっぱり家族や気楽な友人と飲む酒が一番うまい。将来のこととか思い出を肴に飲む酒。

本書は居酒屋めぐりをライフワークとする、早稲田の人間科学教授が書いた本です。酒好きには非常に興味深い。

『格差社会は酒文化を衰退させる。酒文化は長い歴史のなかで形成され守られてきた。しかし酒文化は最終的なところでは酒の飲み手に支えられている。酒の飲み手が減少すれば、衰退は避けられない。若い男性が酒を飲まなくなったことの影響は大きい。

酒は嗜好品だが、他の嗜好品と違うのは、さまざまな社会的機能を持っていることである。酒は人々に安らぎを与える。人と人のつながりを作りだす。人々の集う場に彩を与える。食文化を支え豊かにする。酒文化が失われれば、こうした社会的機能も失われる。酒文化の危機は、社会の危機である。酒を楽しむことは人権の一部であることを提案したい。すべての人に保障されるべき生活水準の範囲に、酒は含まれるべき。誰でも酒を楽しむことのできる社会を。

酒税法の改革は避けて通れない。大衆酒であるビールへの過酷な重税はただちに改められるべき。チューハイとして飲むのが主な用途である甲類焼酎の税率も、引き下げられるべきだ』

以下にその他の要約読書メモを。



チェーン居酒屋の歴史

ビヤホールを含めた居酒屋チェーンを、ビジネスモデルとして確立した立役者としては、以下の3人を挙げればいいだろう。

「ニュートーキョー」創業者の森新太郎(1937年創業)
「養老乃瀧」創業者の木下藤吉郎(本名矢満田富勝、1956年に1号店)
「天狗」創業者の飯田保(1969年創業)

とりわけ飯田の役割は大きかった。今あるチェーン居酒屋の原型を確立したのが「天狗」だったからだ。飯田保は1926年日本橋の酒問屋の次男として生まれた。長男の博は後継者となった。三男の勧は独立し、67年にスーパーのオーケーを設立。末弟は62年にセコムを創業。世にいう飯田四兄弟である。

保は創業後トラブルにあう。当時は板前たちが一種のギルド社会に組み込まれ、板前は外部から呼んでくるのが常識だった。ところが板前たちがいうことを聞かない。そればかりか営業中に酒を飲み、肝心の料理が出てこなかったりする。

そこで保は板前制度を廃止し、自前の料理人を育成するとともに、店内での調理作業を簡素化するためにセントラルキッチンを開設した。セントラルキッチンは一部のメニューについてはすでに養老乃瀧でも採用されていたが、これを全面的に取り入れることにしたのだ。

(以下長文のため略)

新興居酒屋チェーンの系譜

「天狗」と「養老乃瀧」は、ある時期まで居酒屋界の両横綱といわれたが、1990年前後から新興のチェーン居酒屋が台頭し、やがて追い越されていく。その起点は1973年に石井誠二が札幌で開店した小さな居酒屋にあった。1942年生まれの石井が30歳の時「つぼ八」を開店する。店の面積が八坪だったからだ。

開店にあたり石井はターゲットを若いサラリーマンと女性に絞る。赤ちょうちんとは一線を画し、北欧風をイメージしたレンガ造りのインテリアにした。新鮮なものを格安で提供することを目指し、メニューは一律150円と決めた。店は評判を呼び、店舗は順調に増え、1981年には50店を超えた。イトマンと提携し全国進出を果たす。

その時期、つぼ八傘下に入った二人の若者がいた。「ワタミ」創業者の渡邉美樹(1959年生)と、「モンテローザ」創業者の大神輝博(1950年生)である。渡邉が経営するつぼ八は、他店に比べ格段に業績が良かった。このことがほかのフランチャイジーの嫉妬と反感を買った。

石井はイトマンと意見が対立し追放される。石井を追放した経営陣は、ワタミへの締め付けを強める。これ以上の出店を認めないと。渡邉はつぼ八からの離脱を決め、1992年4月に「居食屋 和民」をオープンさせた。

大神は高卒後に上京し、歌舞伎町の高級クラブに勤めるが、客の呼び込みで桁はずれの成績をあげて認められ、若くして総支配人となる。のちに独立してパブレストラン「モンテローザ」を開業するが、経営に行き詰まり事業売却。つぼ八の傘下に入った。しかし出店をめぐって本社と対立し、つぼ八の各店舗を「白木屋」に切り替える。そして若い女性をターゲットにしぼり、カクテルのメニューを充実させて評判を呼んだ。モンテローザのその後の成長はめざましく、2001年には1000店舗を達成。その業態は35種類にも上る。

終戦直後のヤミ市の酒

ヤミ市での酒は、大部分がバクダン、カストリなどと呼ばれる密造酒だった。バクダンというのは、燃料用アルコールを水で薄めたもので、メチルアルコールを含む場合があり、これで命を落とした人も少なくない。カストリは穀物や芋類などを発酵させたモロミを蒸留したもので、焼酎のようなものだからメチル中毒の心配がなく、人気を博した。

ホルモン語源

内臓肉は捨てられるので、ホルモン料理の語源を「放るもん」だとする俗説がある。これはあくまで俗説であり、1920年代にはホルモン料理と称する料理があり、この名称は医学用語のホルモンに由来するものだった。体に良いというイメージを喚起するために使われるようになったのである。



最初のボトルキープ

野坂昭如がエッセイで、六本木の「コスモポリタン」が1957年に最初に始めたと書いていて、これがしばしば引用されるが、ヤミ市時代からあった。

林忠彦の「カストリ時代」によると、当時の新橋界隈には、入り口が洋服屋で、中に入ってカーテンを開けると酒場になっているという、二重構造の店が多かった。その一軒に、酒をサイダーの瓶に入れて出し、酒が残ると名前を書いた紙の蓋をかぶせ、次に来たときはこの残った瓶から飲み始めるという店があったとしている。

ウイスキー階級社会

高度成長時代、人々の心を占めたのは上昇志向だった。欧米並みの豊かな暮らしを求めて人々は懸命に働いた。「オールド」はそうした人々の意識とオーバーラップしていた。若いころは「トリス」に親しみ、社会人になったら「レッド」、出世に合わせて「角瓶」、そしてつねに消費者の憧れのブランドの先にあったのが「オールド」だった。頂点にはスコッチウイスキ。

一昔前の自動車のような役割。富裕層はベンツ、その下はクラウン、セドリック。管理職クラスはコロナやブルーバード、ふつうのサラリーマンはカローラやサニー。

人々の階級所属や社会的地位を表示する記号であった。

ウイスキの国内消費

80年代初めをピークに激減し、2000年代後半にはピーク時の5分の1以下にまで落ち込んだ。豊かになった日本では、ウイスキにまとわりついていたオーラが失われた。最近はハイボール人気で消費が増えているが、かつてのように社会構造の一部と化すほどの、需要が復活することはあるまい。

かつての日本酒級別

1992年に廃止された日本酒の級別制度。「清酒特級は品質優良、一級は品質佳良、二級は特級、一級に該当しないもの」と定めていた。しかし二級は審査によって判断されたものではない。審査を受けなければすべて二級なのである。審査を受けて特級となれば酒税は5倍、一級でも2.5倍になった。だから小さな酒蔵は級別審査を受けず、酒を地元で安く売っていたのだ。

杉玉(酒林)の起源

70年代に入り地酒はマーケットを拡げる。大きな役割を果たしたのは、酒卸の岡永がはじめた「日本名門酒会」。立役者は岡永社長の飯田博。天狗チェーン創業者飯田保の兄。飯田四兄弟の一人。

販売促進のため、飯田博はさまざまな工夫をした。専用の商品棚をつくって貸与したり、棚には酒林(杉玉)をくくりつけた。

杉玉

今でこそ、酒屋や日本酒を飲ませる店に酒林を掲げるのは珍しくないが、これは日本名門酒会が始めたことだったのである。

酒ジャーナリズムによる越乃寒梅や梅錦ブーム

1975年ごろから始まった地酒ブームをさらに加速させたのは、酒に関する一連の出版物だった。そのはじまりは稲垣眞美の「ほんものの日本酒選び」1977年である。

本書後半には「現代の名酒ベストテンを選ぶ」という名酒紹介がある。

東の横綱「越乃寒梅」、西の横綱「西の関」
大関が「白鷹」「浦霞」「招徳」「梅錦」
関脇が「初孫」「賀茂泉」

これによって越乃寒梅の名酒としての地位は不動のものになった。

変わる居酒屋の風景

格差拡大が進行していた1990年代後半から、日本の居酒屋に異変が始まった。高級とまではいかないが、客単価が5000円を超えるような居酒屋へ客が来なくなり、どんどん閉店していった。

これに代わりかつては労働者や年金生活者、貧乏学生が集まっていた格安の居酒屋に、スーツを着たサラリーマンやOLが集まるようになった。そして労働者の姿は消えていった。サラリーマンやOLなど中間階級の人々は、小料理屋やレストランを敬遠して大衆酒場へ向かい、労働者階級は姿を消す。

居酒屋の減少は著しい。2014年時点の全国の酒場ビヤホールの数は、12万5281店。2004年は15万719店。わずか10年で17%も減っている。残った居酒屋も経営難であることが多く、高齢化、後継者難となっている。飲食サービス業事業主の38%が60歳以上、27%は70歳以上、後継者がいるのは15%。今後については廃業したいとの回答が16%となった。

低所得者にきつい酒税法

低所得層が好む、発泡酒、その他発泡酒の販売価格に対する酒税負担率は30%前後。発泡酒で1リットルあたり酒税は134円、その他発泡性酒類は80円。

高所得層の好むワインも1リットルあたり80円。アルコール度数は2~3倍あるのに缶チューハイと同じ税率。しかも価格は高いので税率は極端に低い。1リットル1000円のワインで酒税負担率8%、1万円のワインなら0.8%、ロマネコンティなら…。

ちなみに焼酎の酒税も安くない。25度の焼酎で1リットルあたり250円。

酒税は低所得であるほど税率が高く、典型的な逆進課税となっている。

五木ひろし&木の実ナナ – 居酒屋
PC用関連コンテンツ

シェアする