「恐山 死者のいる場所 ・南 直哉」書評

恐山イタコ

生きてるうちに一度は行ってみたい恐山。

パワースポットのアンケートでは、伊勢神宮に次ぐ堂々の二位です。

著者は早稲田の文学部出身で、百貨店勤務後に脱サラ出家し、永平寺で約二十年修行後に、恐山菩提寺の住職代理をしている南直哉氏。永平寺での長期間の修行は、彼自身の問題を解決するために行ったとのこと。

永平寺というのは、基本的には寺の後継者が2~3年修行して山を降りていく教育機関。5年いれば長いほう、10年、20年選手はほとんどいません。一生ここで修行僧としていたいという著者のような人は、非常に珍しい存在だったようです。

早く修行を終えて下山したいと思う人間が大半のところに、「永平寺で死にたい」と居続け、後輩に峻烈な指導を続けたため「永平寺のダースベーダー」とまで呼ばれていたと。

それが7年前に恐山の住職の娘さんとの縁談により、恐山の住職代理となった。恐山の住職として7年間考え続けたことをまとめた1冊の本です。これが面白い1冊です。

禅や仏教モノは好きで、図書館にある仏教コーナーにある本はかなり読んでるつもりですが、わかりやすさで言えばひろさちや、葬式仏教にかんする批判的な態度は島田裕巳、哲学的な思考形式と、目に見えないものを肯定する部分は内田樹のようで、これらをミックスしたような著作です。一和尚の域を超えてます。

まったく知らなかった人なので、こんな人がいるのかと検索してみると、茂木健一郎や宮崎哲弥なんかとの共著があったり、売れっ子なんですね。



恐山外観

恐山は温泉場で硫黄がモクモクと噴出していて、金属への影響は相当なもの。とくに鉄や銅はあっという間に腐食する。1日置くとお賽銭は真っ黒になる。

電化製品は軒並み不調で、パソコンは6ヶ月、携帯電話は3ヶ月、デジカメは1週間で壊れてしまう。デジカメのレンズが勝手に出入りするさまを見て、怪奇現象だと騒ぐ人もいるが、ただの化学反応。

なにしろ鉄が駄目なので、新築した宿坊は特注のステンレスの釘(100円/本)を使ったとの事。植物は自生してないものは根付かず、桜を100本移植したところ、1本だけしか根付かなかった。

死後の世界はあるのかないのか

「はたして死後の世界や霊魂があるのか、ないのか」と問われたときに、「答えない」というのが、仏陀の時代からの公式見解。それを仏教で「無記」と呼ぶ。なぜ答えないのか、それは「ある」と答えても、「ない」と答えても論理的な矛盾が生じるから。

恐山のイタコは、寺とはまったく関係がなくて、言わば「縁日の出店」のようなもので、個人営業。絶滅危惧種で、弟子はたくさん来るのだが長続きしないらしい。

イタコについては、「母とは違う」と苦情をいう人もいれば、「ありがとうございました」と感動する人もいる。恐山に7年もいれば、そういう「事実」があったと否定できない部分がある。この本にはそういう「事実」として、カナダ人の話と、弁護士の話と、中年の婦人の信じられないような話が記されている。

亡くした人を思い焦がれ、恐山には年間20万人の人が訪れる。震災後はとくに増えてるそうです。ぼくが特に感銘したのが、禅僧という小乗仏教的なストイックさで物事を理解し、人にも接してきた著者が、途方もない悲劇に襲われた人々に対し、大乗仏教的な振る舞いをしたということです。なんと言葉をかけてよいかわからないような悲劇の人々に対し、その人たちを救おうとすると、ファンタジーはあると言わずにおれなかった。

Ghosts – Dan Fogelberg♪

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