vevoとは?いつ誰が作った?「誰が音楽をタダにした」より

VEVOご存知でしょうか?

YouTubeで音楽見る人は、お世話になってる。あれってなんやろ?と思ってました。

VEVOは、じーちゃんと孫が50セントを見たことから始まります。この本で初めて知った。ググっても出てこないし。あとで読書メモにまとめます。

世界ではじめてmp3になった曲はなんでしょう?

なぜダグモリスはジェイZ(ビヨンセのダンナ)の契約を解除したの?

音楽ファン必読の本。さまざまな疑問が氷解する。他の本読まなくていいから、この本だけは読むべし。

著者はアラフォー。本書は34歳から5年かけて書いた本です。なので年齢的に、90年代後半から2000年代の楽曲についての記述が多い。UMGがギャングスタラップで攻勢かけて、ロックが下火になった時代。その余波は今も続いてますが。

ミュージシャンの名前見て、ある程度楽曲が頭に浮かばないと共感しにくい。音楽好きじゃない人には、面白くないかもしれない本。ほぼ全ページに、音楽ネタが書かれてるし。

たとえば以下のページ。RNS(当時最大のリーク集団)の2006年リーク情報。アーティストの半分以上聞いたことなかったら、読まないほうがいいかもしれん。調べながら読む、という楽しみ方もあるけど。

スマホだと指でスワイプすると広がって読めるよ。

誰が音楽をタダにした



本書は3つの話が軸になる。
①mp3生みの親、ドイツ人技術者ブランデンブルグの物語
②世界の音楽市場を独占するユニバーサルミュージック、創始者ダグモリスの物語
③ネットの海賊界を支配した、リークグループ最強の流出源物語

他業界の著作権保護はどうなってたのか?

映画業界は全てのビデオに、FBIによる違法コピー禁止の警告が貼られてるし、バレンティの存在もあった。出版業界は引退した政治家に自伝の手付金を気前よく払ってた。ソフトウェアメーカーは司法省の反海賊キャンペーンの恩恵にあずかってたし、彼らの多くは国家安全保障局に密かに協力していた。けんか腰で協力を拒んできた音楽業界だけが孤立し、国に見捨てられていた。

音楽業界の裁判の結果

勝ち負けが半々。ナップスター(違法コピーサイト)には勝ったが、ダイアモンド(mp3プレーヤー)には負けた。

P2Pのファイル共有は地下に追いやられたが、mp3プレーヤーは店頭に残った。ナップスターのサーバーは2001年7月に閉鎖されたが、その直前に駆け込みダウンロードが殺到し、人々は自宅のPCに膨大なファイルをため込んで、それを簡単に手放すとは思えなかった。

こうして業界激変の幕が切って下ろされ、これをきっかけにCDは永遠に葬られ、ニッチなIT企業が世界最大の企業に生まれ変わる。音楽業界は戦う相手を間違えていた。

ラップの世界を仕切る男の名は?

2003年までにラップは主流になっていた。ラップはロックに変わって、もっとも勢いのあるジャンルになる。ラッパーはカネにがめつい。しかしいったん契約を結ぶと、休みなくアルバムを発表した。大ヒットを出すと、自分がスカウトマンになり新人を発掘する。売れっ子ラッパーを獲得すると、連鎖反応で多くの売れっ子を獲得できた。

ラップの世界を仕切っていたのが、当時64歳の白人男性ダグモリス。1996年のインタースコープ買収でドクタードレーを獲得。それが98年のエミネムの獲得につながり、2002年の50セントにもつながる。

8年前(当時)にUMG(ユニバーサルミュージック)は存在しなかった。今では世界市場の4分の1を支配し、世界最大のレコード会社になった。

アップルはなぜ成功したのか?そうだったのか!

2000年代にアップルが勢いを持ったきっかけは、ナップスターで得た不正ファイルを堂々と持ち歩けるようにしたからだ。音楽の海賊行為が90年代版の違法ドラッグだとすれば、アップルの発明はマリファナパイプと同じであった。

アルバム売上は発売何週で総売り上げの半分になるか?

通常のアルバムは、発売日から4週間で総売上の半分が消化される。発売前に流出するとファイル共有で数時間で世界に広がり、売り上げへの被害は甚大。

vevoとは?いつどうやってできたか?

2007年UMGのCEOダグモリスは、ワイアード誌のインタビューを受けた。「テクノロジーのわかるやつはレコード業界にいない」「獣医でもないのに、突然犬の手術をしろと頼まれたようなもんだ」「どんな獣医を雇ったらいいかわからなかった」ダグモリスは記事に激怒した。悪意に満ちた誘導記事だったから。

ダグモリスにトレンドは作れた。過去2年間に契約したのはリアーナ、テイラースイフト、レディガガ。変な髪型のユーチューバーを、国際的スーパースターにもした(ジャスティンビーバー)。そうやって20年間次々とスターを生みだし、ライバルを打ち負かした。

それなのに、テクノロジーの大家じゃないとダメなのか?それはブランデンブルグ(mp3発明者)に、リルウェインを発掘しろというようなものだろう。ワイアードのムヌーキンに、キンドルが発明できるのか?ダグモリスは「世界一おバカな音楽エグゼクティブ」と呼ばれた。老害だと。

この辱めはダグモリスを目覚めさせた。その後2年間の決断が、未来の音楽業界の経済的な枠組みを作ることになる。

ダグモリスはまず最初に、ティーンエイジャーの孫を訪ねた。モリスは孫にどうやって音楽を手に入れるか聞いてみた。「盗んでるわけじゃないけど、アルバムにもシングルにもお金は払ってないよ」「自宅のPCでユーチューブを見てるんだ」モリスは孫と画面の前に座った。

孫とおじいさんが、ラップのビデオを見るのはお笑いネタみたいだけど、モリスの場合そのビデオのほとんどは、自分が許可して予算を与えたものだった。少しばかり探して、ふたりとも好きなビデオを見つけた。50セントの「インダクラブ」だ。

孫はその重いビートが好きだったが、モリスは800万枚も売れたから好きだった。モリスはラップ文化の究極の支援者で、50セントやドクタードレーやエミネムに、小切手を渡した当の本人だった。

孫の部屋でそのビデオを見ながら、モリスは驚くべきことを発見した。ユーチューブのサイトでは、さまざまな広告が流れていた。どうでもいいような広告「お母さんがみつけた、くびれをつくる方法」みたいなやつ。だが広告があるということは、シリコンバレーのどこかでカネの絡んだ取引が、行われているということだ。自分が15年かけて作りあげたクリエイティブな商品が、何らかの形で売られている。しかし自分たちの懐には一銭も入ってこない。

翌日モリスは部下のザック・ホロウィッツを呼びつけた。「あいつら広告売ってるな」「誰ですか」「みんなだ!サイトにビデオに、広告を紐づけしてるじゃないか」「あれは販促ビデオですよ。ダグ、あのビデオはタダなんです」「なんのための販促なんだ。これからは違う」

ダグモリスはホロウィッツに命じ、主なウェブに最終通告を送りつけた。一度の再生ごとに収入の8割を渡さなければ、ビデオをすべて引き上げる。2007年の終わりに、何十万本のビデオがユーチューブから削除され、ユニバーサルのすべてのアーティストが主要な動画サイトから消えた。一般人は怒ったが、アーティストは大喜びだった。何もないところから数億ドルの利益を生みだした。

ネット経済に詳しくなったモリスは、VEVOという、音楽ビデオシンジケーションサービスを提案した。2008年と2009年モリスは、過去40年4万5000本を超えるMVのライブラリーを作り上げた。

VEVOは2009年12月にサービスが開始され、ニューヨークで立ち上げパーティが開かれた。マスコミに出たがらないモリスだが、VEVOのためにできる限りマスコミの注目を集めようとした。

パーティは豪華だった。グーグルCEOのエリックとU2のボノが挨拶した。レディガガとアダムランバートがパフォーマンスした。リアーナはへそを見せた。19歳のテイラースイフトはジョンメイヤーといちゃついた。15歳のジャスティンビーバーは保護者が必要だった。そしてダグモリスは、ロマンスグレーの髪にピンストライプのスーツで固め、マライアキャリーの腰に手を回し、すべてを司っていた。

動画の利益は巨大だった。ジャスティンビーバーの「ベイビー」の前に流れる30秒CMは、
オークションで料金が決まり、その後数年にわたって10億回以上再生され、3000万ドルを超える収入を生みだした。

広告主はその後の消費行動を追跡する。いわゆる「CTA」広告をみた視聴者が、ドレーのビーツのヘッドフォンや、#YOLOのシャツを買うと、VEVOに追加の収入が入る。



音楽の8割が3社の独占

音楽産業の8割がユニバーサルミュージック、ワーナーミュージック、ソニーミュージック、の3社で占められるようになった。ダグモリスはその3社すべてを過去に経営していた。(UMGは後継として育てたルシアングランジに譲り、現在はソニーミュージック会長)

ストリーミングは成長している。先頭に立つのはVEVOで月に50億ビュー。年に50%の勢いで伸びる。しかし解決にはならない。何百万回再生されたビデオでも、アーティストへのロイヤリティは数百ドル。今後はどうやってライブで儲けるか、ストリーミングのタイミングが重要になる。

⇒2016年度確認しました。3大レーベルシェアは7割に落ちてます。分析できてないですが、ストリーミングの高成長が独立系の躍進につながるのかな。

マイケルはビートルズの楽曲版権でいくら儲けたか?

マイケルジャクソンは、ビートルズの楽曲版権を4700万ドルで買った。それは素晴らしい投資になった。それから25年間でビートルズ版権の価値は、20倍に値上がりし10億ドルを超えた。

この流れがあり、音楽会社はアーティストに360度契約を求めるようになる。音楽会社がアルバム売上の一部を受けとるだけでなく、原盤権と販売権も所有する。この契約は物議をかもしたが、まだアーティストはレーベルを必要としていた。そうしないほうがいいとわかっていても、仕方なく契約に合意した。

ダグモリスはなぜジェイZの取引に乗ったのか?

ジェイZはかなり以前に複数アルバムの契約を結んでいた。モリスは作品への独占的な権利を手に入れていた。ジェイZはその契約を、モリスから買い取り、次のアルバム「ブループリント3」のロイヤリティを、100%自分のものにしたいと言った。

モリスはその取引に乗った。ジェイZの将来に弱気だったからだ。どんなアーティストもある年齢になると人気は衰え始める。モリスにはその経験があった。

1980年にアトランティックで契約した、ピートタウンゼントだ。ロック界で最高のソングライターだったが、40歳の曲がり角を迎えた1980年代の終わりには衰えが見えていた。

腹を割って話し合い、どうしちまったんだと聞いた。ものの見方がすっかり変わっちまったんだとタウンゼントは答える。若いころは出歩いて酒を飲み、パーティに明け暮れ、女の子を追いかけまわしていたら満足だった。でも今じゃセックスと聞くと「娘がAIDSにかかりませんように」と思ってしまう。ジェイZも同じようになるのでは、モリスは思った。ビヨンセと結婚したジェイZは、やんちゃ男のキャラから卒業していた。

世界ではじめてmp3になった曲は何か?

スポティファイのような音楽ストリーミングサービスができ、mp3の引退が見えてきた。ブランデンブルグの論文指導者だったディーダ―ザイツァーは、30年以上前にそれを予想し、mp3は音楽の保存ではなくストリーミングのためのものだと考えていた。

だがスポティファイはmp3を使わなかった。使われたのはオープンソースのオッグだ。ブランデンブルグとグリルはずっと、オッグが自分たちの特許を侵害していると疑っていたが、彼らの特許は20年以上も前のもので期限切れが近づいていた。彼らのテクノロジーはタダになった。有料なのは音楽だ。

mp3のライセンス料は膨大だ。フラウンフォーファー社は年間1億ドル以上のライセンス料を受け取り、ブランデンブルグは「かなりの割合」をもらっている。

1999年マイクロソフトのOSは、ウインドウズメディアプレーヤーを標準搭載。フラウンフォーファーはマイクロソフトと長期契約をする。これは台数契約となっていた。世界のどこかでウィンドウズのPCを買うと、フラウンフォーファーにカネが入る仕組みになっている。

とうぜんマイクロソフトは独自技術に置き換えようとした。しかし遅すぎた。ナップスターのおかげで、何十億のmp3ファイルが存在していた。この頃、英語の検索ワードの1位は、「セックス」を抜いて「mp3」だったのだ。フォーマット戦争は終わっていた。

mp3の開発段階。どうしても解決できない音源がありました。人間の話声です。それだけを切り離すと、音響心理学でマスキングできない。パターン認識もできない。交響曲もギターソロも、ポップロックも処理できたが、声のみというのは処理できませんでした。行き詰ったブランデンブルグは、1987年ヒットしたスザンヌヴェガのトムズダイナーで、実験を繰り返す。tu tu turu♪ tu tu turu♪ 何千回もブランデンブルグは聴いた。そしてそれがクリアに再生できた時、mp3は完成した。

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