阪神のレジェンド鳥谷語録。「キャプテンシー」より

鳥谷

阪神の大スター鳥谷敬選手。球団最多2085安打のレジェンド。ロッテ入団が決まりました。

2015年までは阪神の大スター。2016年に①金本監督による体重増指令の影響、②MLBへ行くという目標の喪失があって成績が大幅ダウン。2017年には盛り返しますが、2018年にセカンドへの守備位置変更があって成績ダウン。そこからは阪神では這い上がれませんでした。

球団移籍というモチベーションがあれば、能力が高いので復活するかもしれません。金本のキャリアハイは37歳。40歳でも「144試合 .307(535-164) 27本 108打点 2盗塁 ops.919」でした。鳥谷はまだ38歳。もう一花咲かせることができるのか。

鳥谷成績

以下に2016年の「キャプテンシー」から鳥谷語録を。



二足のわらじ

野球を始めたのは小学校2年のとき。小学校卒業まで月水金は柔道、週末は野球。柔道は東村山市の大会では何度も優勝したし、東京都の大会でもベスト8に入った。中学に入り、太るのはカッコ悪いのと、練習がきつかったので柔道を辞め野球1本に絞った。

左利き

もともとは左利きで、箸を持つのは左。文字を書くのは右に矯正されたけれど、細かい作業をするときはだいたい左手を使っていた。野球は最初から右投げ右打ち。左打ちに変えたのは中学の時。食事のとき左手で箸を持っているのをシニアの監督が見て、「左で打ってみろ」と言われたのだ。

父親は怖かった

中学の時はケガが多かった。一気に身長が伸びて成長痛になり、膝を悪くして満足に走ることすらできなくなった。ただ野球をやめるという選択肢はなかった。父親が何事も途中でやめることは許さなかったからだ。小学校6年間柔道を続けたのもそれがいちばん大きな理由だった。父親はすごく怖かった。殴られることもあった。寡黙な九州男児で、まさしく「旧き良き日本の親父」という感じだった。

野球をやめたい

じつは野球は中学でやめようと考えていた。思うように野球ができなかったので、ちょっと嫌気がさしていた。サッカーとか野球以外のスポーツもやってみたかった。「野球をやめようと思っている」ある日、父に打ち明けた、すると、父は言った。「強制する気はないけれど、どこでもいいから野球は続けてほしい」なぜそう言ったのか、そのときはわからなかった。理由を知ったのは、ごく最近のことだ。「あのとき、どうして野球を続けてほしいと言ったの?」
父は答えた。「もしかしたら成功するかもしれないと思った」

早稲田

早稲田大学に進んだのは、たまたまといってもよかった。監督の知り合いに早稲田のOBがいて、「セレクションに連れてこい」ということになったのだ。ちょうどこの年から、早稲田にスカウト入学制度というものができた。野球部には推薦枠が二つあった。その年の早稲田はピッチャーとショートを探していた。ところが狙っていた二人がプロに行くことを選んだ。それで僕が候補の一人として呼ばれた。たしか10月だった。夏に引退してから一度も練習をしてなかった。でも4年生を相手に投げたら140キロちょっと出た。あとはノックとバッティングをしてセレクションは終わった。

「受かるわけがない」自分ではそう思っていた。ところが後日、「小論文を提出して、面接を受けてくれ」と連絡があった。小論文なんか書いたことがないから何を書けばいいのかわからない。父親に相談して、「志望動機」を書いて郵送し、型通りの面接を受けた。すると合格通知が届いた。

フォーム改造

スタンスをオープンに変えたのは、大学時代、早稲田OBの谷沢健一さんのアドバイスを受けて。そのころの僕は、スクエアに構え、右足を高く上げて打っていた。が、谷沢さんが言うには、右足を振り上げることで下半身だけをねじればいいのだが、僕の場合は右肩も一緒にねじってしまうので、内角球が見えにくくなってしまう。実際、2年の秋に苦しんだのは、徹底的にインコースを突かれ、身体を開かされたことが影響していた。「左中間を狙うだけなら、それでもいい」谷沢さんはそう言った。そして続けた。「でも、プロでは無理だ」

体重

金本さんからは、「体重をあと3~5キロ増やせ」と言われている。たしかにそうすれば、いままでならフェンスに当たっていた打球がスタンドまで届くかもしれない。ただ、いままで維持してきた体型を急に変えればバランスが変わってしまうし、膝を壊すおそれもある。金本さんからは「体重を増やした結果、動きづらくなったらもとに戻せばいい」といわれているから、パワーが出てバランスも崩れないベストな体重を目指してチャレンジしている。

チャンス

じつは自分にとっては、チャンスであればあるほど楽な気持ちで打席に臨むことができる。というのは、チャンスであればあるほど、球種やコースが絞りやすくなるのだ。たとえば満塁でインコースはデッドボールの可能性があり、コントロールの悪いピッチャーなら、まずインコースには来ない。・・・・チャンスの時ほど狙い球を絞るためのヒントがたくさんあるのだ。

ピッチャーと対するとき、僕はコースト打球を打つ方向を決めておくくらいで、球種を絞ることはほとんどない。

それともともと僕はあまり緊張するタイプではないようだ。プレッシャーで身体が硬くなることもない。2013年のWBCに出場した時くらいだろうか。「君が代」が流れたときは、さすがにちょっと緊張した。それ以外にプレッシャーを感じた記憶はほとんどない。



メジャーリーグ

じつはMLBでプレーすることは、プロ入りしたときからの目標だった。きっかけは日米大学野球でアメリカに行ったこと。スタジアムの雰囲気が素晴らしかった。漠然とした夢ではなく、はっきりと明確に目標においた。目標をしっかり設定するとがんばれる。目標から逆算して考えていく。僕はホームランバッターじゃない。MLBに行くために打率を上げることにこだわった。守備と走塁も含めた、野手としての総合力を上げたかった。

2014年オフ、メジャー挑戦を表明。複数の球団が興味を示してくれた。しかしまとまらなかった。条件の折り合いがつかなかったのだ。僕が譲れなかったのは、試合に出ることだった。33歳でアメリカに行き、試合に出れないのでは意味がないと考えていた。けれでも向こうが提示してきたのは、「ショートのレギュラー候補3~4人のひとりとして考えている」「狙っている韓国人選手が来なかったときは、レギュラーとして獲得したい」「サブとしてならほしい」「セカンドとしてどうか」

正直ものすごく迷った。自分一人だけなら行っていたとも思う。でも僕には家族がいた。試合に出れないかもしれない不安定な状況で家族を連れていくのは嫌だった。妻には「行けたら行く」と言っただけで、細かいことは説明しなかったけど、自分の意志だけを優先するわけにはいかなかった。

「今年行けなかったら、MLBはあきらめる」、最初から決めていた。だから後悔はないのだけど、プロ入り以来、ずっと掲げていた目標がなくなってしまった。正直に言って、気持ちを切り替えてシーズンに入るのがすごく難しかったし、入ってからもモチベーションを維持するのが大変だった。

プロに入ってから11年。ケガもあったし気持ちが折れそうになることが何度もあった。そのとき支えとなったのは、「メジャーでやる」という目標だった。その目標がなくなってしまったのだ。

金本さんに言われたこと

「人のために時間を割くのなら、その時間を自分のために使ったほうが、トータルとしてはチームのためになる」 そう考えるのが僕だった。だから金本さんによく言われた。「おまえは、自分のことしか考えていない」

自分のやるべきこと

僕らの世代は、昔のやり方もそれなりに経験しているし、若い世代の気持ちもある程度理解できる。その意味で、金本さんと若い選手のあいだをうまくつなぐのは自分の役割だという気がしている。若い選手の考え方、感じ方を聞きながら、金本さんやコーチの考えていることをうまく若手に伝え、みんなが同じ方向を向いて、「監督を胴上げしたい」、と思えるようにすることが、自分のやるべきことなのだと。

鳥谷敬 ファインプレー集【守備】

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『阪神のレジェンド鳥谷語録。「キャプテンシー」より』へのコメント

  1. 名前:song4u 投稿日:2020/02/01(土) 23:31:36 ID:6bd6c336a

    鳥谷さん、大ピンチのようですね。
    ロッテや中日が獲得に動くなんて記事を見たけど、
    時間の経過とともに、いつの間にか立ち消え気味だし。

    38歳と言えば、一般社会ではようやく独り立ちか?
    これからが真価を問われる勝負の時!という年齢なのに、
    スポーツの世界は実に厳しいですね。

    もうキャンプインです。
    この時期に至っても決まっていないとすれば…
    やはり厳しすぎますね。

    数年前の松中信彦を思い出しました。
    状況は違えど、似たような境遇かと推察します。
    かなり残念ですね。

  2. 名前:don 投稿日:2020/02/02(日) 10:00:39 ID:cc244d7d5

    song4uさん、こんにちは~
    数年前の松中ですか。平成唯一の三冠王。
    井口、城島、松中といた打線は最恐でした。
    ていいながらホークスは今でも強いんですけどね。
    なんでしょうね。巨人もそうですが、やっぱりカネのあるところが強いということか。

    阪神はカネはそこそこあるんですが、ダメですね。
    鳥谷なんか、生涯打率が280ぐらいなのにメジャーに行こうと勘違いしてしまう。
    社風を改めないと、いつまでたっても強くなりません。