【日本カセットテープ大全】要約まとめ

カセットとはフランス語で、「宝石箱」という意味だそうです。まさに自分にとっては宝石箱。とても懐かしい。

80年代に貸しレコード屋さんが出現して、たくさんの音源をダビングしました。学生の頃は毎週レコード借りてカセットを買った。FM雑誌のレーベルを切り抜いてレタリングしたり。

今や音源は限りなくタダになりましたが、当時は1つ1つの作品を所有する喜びというのがありました。人との貸し借りもあるのでレーベルデザインも凝ったりして。

バカでかいLPを学校に持って行って貸し借りしたりするのも、ファッションというか、自己アピールの一つだったような気がします。

みなさんはどんなテープを使ってましたか?

ソニーとマクセル、TDKのカセットテープたち

ぼくが一番使ったのは、ソニーのBHFとAHFかな。

日本のカセットテープ

マクセルのUDⅡもインパクトがありました。

日本のカセットテープ

TDKのADもよく使ってた。懐かしいでしょ。

日本のカセットテープ




マクセル、ソニー、TDK。大手3社のカセット年表

マクセルです。

日本のカセットテープ

ソニーです。

日本のカセットテープ

TDKです。

日本のカセットテープ

カセットの時代の風景も。

日本のカセットテープ

以下に読書メモを。




カセットテープの誕生

1962年オランダのフィリップス社によって、コンパクトカセットテープは開発された。ソニーもケース内にテープを格納した独自規格を立ち上げたが、広く普及しなかった。

ソニー社長の大賀は、世界標準を目指して海外メーカーと手を結ぼうとした。彼は2つの有力な規格、フィリップスの「コンパクトカセット」、ドイツのグルンディッヒ社の「DCインターナショナル」のどちらを取るか迫られた。大賀はより小型の「コンパクトカセット」を支持したが、特許使用料の交渉でフィリップスに揺さぶりをかける。

大賀は無償化を主張し、フィリップスには「断ればグルンディッヒと組む」と通告した。フィリップスは大賀に降参し、ソニーとの契約が引き金になって、最終的には世界中のどの企業も、カセット規格を自由に使えることになった。その結果、カセットは規格戦争に勝利した。
両社の協力関係は続き、その後のCDでも世界統一規格を生んだ。

もともとフィリップスは会話が録音できればいい、という簡易な録音手段としてカセットを開発した。オーディオ用に使えるまで高性能化できたのは、日本の家電メーカー各社の努力の成果だ。

音楽文化に大きく貢献したカセット

史上初めて世界規模で普及したパーソナルな録音メディア。これは画期的な出来事だった。音楽を聴く場所は、家庭内(レコード)、戸外、車内(8トラック)に大別され、カセットより前の時代は、3つの場所は分断され、メディアはすみ分けていた。

ところがカセットは3つの場所に相互乗り入れできる。自宅でも、車内でも、ラジカセで戸外へも。戸外は79年以降ウォークマンが出現した。

マクセルのカセットは今も生産されている

現在日本でカセットを生産販売してるメーカーはただ1社。日立マクセルだけだ。国内生産は10年前に終了し、今はインドネシアで生産している。現在も国内だけで月に100万本販売している。そのうち半数が10分テープ。ほとんどがカラオケ用。

マクセルのお客様センターには、毎週のようにカセットテープの要望が寄せられている。一番多いのは、「カセットテープの生産をやめないでください」という声。

PC用関連コンテンツ

シェアする