
堤未果の『すばらしい新世界』を読んで、一番衝撃を受けたのが「安楽死」の章でした。正直、僕はこれまで安楽死というと、「余命わずかな末期患者が苦痛から解放されるための制度」という程度の認識しかありませんでした。しかし、本書を読むと、実際には制度は少しずつ対象が拡大し、その意味合いも変化していることが分かります。
本書によると、カナダでは当初、安楽死(MAiD)は死期が迫った終末期患者だけが対象でした。しかし、その後制度は拡大され、死が間近ではない障害者や慢性疾患の患者にも適用されるようになりました。そして2027年3月からは、精神疾患も対象となる予定です。制度は一度始まると、「ここまで」という線引きが少しずつ変化していくことを、本書はデータと事例を交えて紹介しています。
さらに驚いたのが「スピード安楽死」という実態です。本書では、申請からわずか24時間以内に安楽死が承認・実施されたケースも紹介されています。本来であれば、本人の意思確認や治療の可能性、精神状態の評価など、慎重な検討が必要なはずです。しかし、「迅速な手続き」が制度の一部となることで、「死」が医療サービスの一つとして効率的に処理されているようにも感じられました。
制度拡大の背景には、医療や福祉だけでなく、経済の問題もあります。本書では、カナダでは2020年に安楽死制度によって年間約160億円の医療・社会保障費が削減されたという試算も紹介されています。もちろん制度の目的は財政削減ではありません。しかし、このような数字が示されると、国の財政事情と制度運用がまったく無関係とは考えにくくなります。
また、本書で最も考えさせられたのは、精神疾患を理由に安楽死を希望する人たちの背景です。一見すると「うつ病だから」「不安障害だから」という理由で申請しているように見えます。しかし実際には、「家賃が払えない」「ホームレスになるのが怖い」「生活に希望が持てない」といった貧困や社会的不安が根本原因になっているケースが紹介されています。つまり、病気そのものが死を望ませているのではなく、社会が人を追い込んでいるのではないか、という問いを投げかけています。
現在、安楽死または医師幇助自殺が制度として認められている国・地域は、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの複数州、そしてアメリカのオレゴン州やカリフォルニア州など複数の州に広がっています。もはや特殊な制度ではなく、先進国を中心に議論と制度化が進んでいるのが現実です。
もちろん、このテーマには賛否があります。命の自己決定権を尊重すべきという考え方もあれば、社会的弱者ほど制度に追い込まれる危険性を指摘する意見もあります。本書はどちらか一方の立場を押しつけるのではなく、「本当に自由な選択と言えるのか」という視点を読者に問いかけているように感じました。
さて日本です。このまま超高齢化が進めば、医療・介護費の負担はさらに重くなります。そう考えると、安楽死を感情論だけで否定するのではなく、尊厳ある最期のあり方と、持続可能な社会保障制度を両立させる一つの選択肢として、日本でも真剣に議論すべき時期に来ているのではないかと感じました。本書は、安楽死を「命の問題」だけではなく、「社会のあり方」や「国家財政」の視点からも考えさせてくれる、とても示唆に富んだ一冊でした。
日本の財政状況からの安楽死についての考察
25年度の現役世代の税率は46%。五公五民。一揆が起こるレベルです。ざっと税&社会保険料で30%前後、消費税や固定資産税、自動車税、ガソリン、酒税、たばこ税、もろもろ合わせると1人当たり平均46%の税金払ってる。1980年代と比べると20%ほど悪化しています。
一方の支出について。34%が年金や医療費、24%が借金(国債)返済、地方交付税16%、防衛費7%ここまでで約8割です。減らす必要があるのが年金&医療の老人費です。これが現役世代の収入を圧迫している主因。
解決策は年金世代や生活保護、障害のある人で人生に苦しんでいる人の尊厳死(安楽死)を認めることです。
日本は65歳以上の割合が29.4%(2025年)。これらの人に尊厳死を認めると、しっかりと働いている現役世代の負担が軽くなり、子育て世代やこれから結婚する若者世代の負担が軽くなり、日本の未来は明るくなる。そういう政策を打ち出す党があれば応援したいです。
高齢者に限定した尊厳死は、選挙の争点にすべき政策だと思います。
